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【IPS援助付き雇用とは?】精神障害の個別就労支援についてわかりやすく解説

精神障害と就労支援で注目されている「IPS」や「IPS援助付き雇用」という言葉を聞いたことはありますか?

従来の就労支援より2倍以上も一般就労につながる効果が世界中の研究で明らかになっていますが、日本ではまだあまり浸透していません。

この記事では「IPS」の基礎をわかりやすく解説し、日本のIPSの現状を紹介します。

目次

IPS(個別就労支援プログラム)とは?

IPSとは「Individual Placement and Support」の略で、精神疾患・精神障害を持つ方1人1人にあった働く機会を提供し支援する方法の1つです。「IPSモデル」とも言われます。

障害者への就労支援について、従来は「トレーニングしてから就労すべき」であって、できることは限られていると考えられていました。

それに対して、IPSは「誰もが望む人生に挑戦する権利を持っている」「誰も働くことから除外しない」という考え方を第一に、本人の「働きたい」という意志を最大限尊重して働いてみることを大切にします。

従来の就労支援は「Train then Place(訓練してから働く)」でしたが、IPSモデルは「Place then Train(働きながら訓練する)」という考え方になります。

IPSは従来の就労支援と比較して、就職できる可能性が高く、長期的に定着し、収入も高められると報告されています。また、社会保障費を抑える観点からも、再発による入院が減り、医療費の削減効果があると言われています。

例えば、自動車学校で車の運転を学び免許を取ることをイメージしてください。何年間も、交通ルールをテキストを読んで勉強しているだけでは、自分で車を運転できるようにはなりません。座学と同時並行で、教習所の中で車を運転してみる練習や、実際に車道を走ってみることで、自立して車の運転ができるようになります。IPSも同じで、働きながら訓練することで自立が早まると考えられています。

IPSとは何の略?

IPSとは「Individual Placement and Support」の略です。

それぞれの単語の意味は以下の通りです。

  • Indicvidual:個別の
  • Placement:職業紹介・配置
  • Support:支援

日本語では、「個別就労支援プログラム」「援助付き雇用」「IPS援助付き雇用」「IPSモデル」と呼ばれたり、そのまま「IPS(アイ・ピー・エス)」と呼ばれることが多いです。

IPSの起源と日本での広まり

IPSは1980年代にアメリカ合衆国のニューハンプシャー州やバーモント州で生まれました。心理学者であるウィリアム・アンソニーとロバート・ドレイクによって開発された「科学的根拠に基づく実践(EBP:Evidence Based Practice)」で、統合失調症患者の就労支援プログラムとして実践されました。バーモント州では1997年に公的予算による本格的な導入が進められました。

その後、アメリカから世界各国に広まり、日本でも2000年代以降に導入が始まりました。

2005年から3年間、厚生労働省科学研究として千葉県市川市国府台地区で日本版IPS(IPS-J)が行われています。

2013年の障害者雇用促進法の改正で障害者の法定雇用率が2.0%になり、2018年に精神障害者を法定雇用率に含められるようになり、IPSを含む精神障害者への就労支援が広まってきています。一方で、IPSについての明確な制度は存在せず、日本ではこれから広まっていくことが期待されています。

バーモント州では、精神保健センターの理事の50%は精神障害当事者やその家族、またはサービス利用者でなければならないというルールがあります。そのため、精神障害をお持ちの方が地域で暮らすことが当たり前の文化が育っています。

IPS援助付き雇用の8つの原則

IPS援助付き雇用には、科学的に効果が実証されている以下の8つの原則があります。

  1. 症状の重さなどで就労支援の対象者を限定しない(eligibility based on client choice)
  2. クライアントの好みを尊重する(attention to client preferences)
  3. 一般就労を目指す(focus on competitive employment)
  4. 就労支援と精神保健の専門家でチームをつくる(integration of mental health and employment services)
  5. 生活保護や障害年金などの保障計画をする(work incentives planning)
  6. 迅速な仕事探し(rapid job search)
  7. 体系的な職場開拓(systematic job development)
  8. 継続的な個別就労支援(individualized job supports)

もともとは7つの原則とされていましたが、「体系的な職場開拓(systematic job development)」が加えられて現在は8つの原則となっています。

「保障計画(work incentives planning)」とは、就職することで社会保障の受給権や金額が減額されるものを把握して就職するメリットを整理することです。生活保護、障害基礎年金、障害厚生年金、雇用保険の基本手当、健康保険の傷病手当金など、それぞれ受給する権利や減額調整されるかを確認します。

詳しくは以下の記事で解説しています。

IPS援助付き雇用の8つの原則とは?

IPSにおける「一般就労」の定義

IPSでは障害者向けに作られた保護された雇用機会ではなく「一般就労(competitive employment)」を目指します。直訳すると「競争的雇用」で、労働市場での競争にさらされ戦力として雇用されるような雇用を指します。

具体的には、IPSの「一般就労」は以下のような仕事です。

  • パートタイム、フルタイムを問わない
  • 地域の一般企業が提供する一般的な仕事である
  • 少なくとも最低賃金を稼ぐことができる
  • 同じ仕事をしている他のひとと同じ給与や福利厚生を受けている
  • 精神科医療機関や就労支援機関によって制限されていない

IPS援助付き雇用のエビデンスを示す論文

IPS援助付き雇用の8つの原則に基づくIPSは世界中の研究で効果が証明されています。

参考として2つの論文を紹介します。

【1】米国外でのIPSモデルの一般化可能性(2012年)

2012年に発表されたBondらの論文によると、米国と諸外国の15の研究の全てでIPS援助付き雇用を使ったほうが一般就労(競争的雇用)を2倍以上できていることが報告されています。

(出所:Bond GR, Drake RE, Becker DR. Generalizability of the Individual Placement and Support (IPS) model of supported employment outside the US. World Psychiatry. 2012 Feb;11(1):32-9. doi: 10.1016/j.wpsyc.2012.01.005. PMID: 22295007; PMCID: PMC3266767.

IPSを受けた1063人とIPSを受けていない1117人を比較した結果、平均一般就労率はIPSを受けると 58.9%、IPSを受けていないと23.2%でした。

参加者の合計平均一般就労(競争的雇用)率中央値
IPSを受けた人1063人58.9%63.6%
IPSを受けていない人1117人23.2%26.0%

【2】重度の精神疾患と就労支援:国際的エビデンスの系統的レビューとメタ分析(2016年)

2016年に発表されたMatthew Modiniらによる論文でも、重度の精神疾患を持つ人について、従来の就労支援を受けている人より、IPSを受けている人の方が2倍以上の一般就労率を得ていたと報告されています。

17の研究のIPSを受けたグループの競争的雇用の相対リスク (RR)ひし形の四角では、アジアとオーストラリア・ヨーロッパ・北米のリスク比、および全体をまとめた時のリスク比を示しています。

(出所:Modini, M., Tan, L., Brinchmann, B., Wang, M., Killackey, E., Glozier, N., . . . Harvey, S. (2016). Supported employment for people with severe mental illness: Systematic review and meta-analysis of the international evidence. The British Journal of Psychiatry, 209(1), 14-22. doi:10.1192/bjp.bp.115.165092

従来の就労支援とIPSモデルの違い

従来の就労支援とIPSモデルの違いは、症状の治療・職業訓練・就職を提供する順番や考え方が異なります。

IPSモデルは、利用者の希望する仕事に職業訓練の期間を設けずに就職することを目指すのに対して、従来の就労支援は必要なスキルや能力を獲得する準備期間を設けて、能力基準を満たして許可をもらってから就職するという考え方です。

従来の就労支援(Train then Place)IPS援助付き雇用(Place then Train)
就職の開始時期評価を重ねて慎重に許可をもらってはじめるその人の「働きたい」がはじめどき
必要な準備訓練を重ねて力をつけていく興味と強みを活かしすぐに職探し
最終目標職場への定着・安定した生活自分の夢に向かい働いて元気になる(リカバリー)
回復モデル急性疾患型の回復モデル慢性疾患型の回復モデル

(参考:働くこととリカバリー IPSモデルの実践から|社会福祉法人あすなろ福祉会

神奈川県が提唱し、日本の「健康・医療戦略」にも掲載されている「未病(みびょう)」の考え方に通ずる部分があります。超高齢化社会では、健康と病気の境界は曖昧で、誰もが何らかの慢性疾患を持ちながら自分らしく暮らす社会を目指すことになります。精神障害に限らず、ヘルスケア業界全体として、完治をゴールにした急性疾患の回復モデルから、リカバリーや寛解をゴールにした慢性疾患の回復モデルに変化してきています。
(参考:健康・医療戦略

職業準備性ピラミッドとは?

職業準備性(レディネス)とは、就職に必要な条件が用意されている状態のことです。

「健康管理」「日常生活管理」「対人技能」「基本的労働習慣」「職業適性」の順番にピラミッドで示したものを「職業準備性ピラミッド」と呼びます。

(出所:令和4年度版 就業支援ハンドブック|独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構

従来の就労支援プログラムの課題

従来の就労支援プログラムは「ステップアップ方式」とも呼ばれ、職業準備性ピラミッドの下から上にステップを進めて、特に就労前の訓練を重視する傾向がありました。まずは症状を治療し、体調を整え、就職に向けた訓練を重ねて、はじめて就職に挑戦するというものです。

本人の希望や強みではなく、各ステップごとのチェックリストをクリアしているかを重視し、就労への挑戦を許可するか否かを支援者が判断していた側面がありました。

このような就労前の訓練を重視する従来の就労支援プログラムは、以下の課題が指摘されています。

  1. 広範囲のチェック項目から減点方式で「できないこと」に注目しがち
  2. トレーニングだけでは職業適性や就職可能性を予測することが困難
  3. トレーニングは実際の職場で必要とされるスキルとの関連が少なく応用が困難
  4. 職場環境は常に変化するため就職後の継続的な援助が不可欠

ベッカーらによる職業訓練プログラムの批判

ベッカーらによる「A Working Life for People with Severe Mental Illness(2003年)」では、従来の職業訓練プログラムは精神疾患を持つ人々を隔離して、安定を目標に、良い患者でい続けてもらうのを手助けしていたと批判しています。

These programs segregated people with mental illness and kept them apart from mainstream jobs, mainstream workers, and mainstream society「多くの職業訓練は、精神疾患を持つ⼈々を隔離し、主流の仕事、主流の労働者、主流の社会から隔離した。」
In both treatment and rehabilitation settings, the explicit goal was to provide stabilization, and the implicit goal was to help people become “good patients” rather than regular citizens. 「治療とリハビリテーションの両⽅とも、⽬標は「安定」であり、暗黙の⽬標は⼀般市⺠ではなく「良い患者」になるのを助けることだった。」
(出所:Becker, D.R.&Drake, R.E.:A Working Life For People with Severe Mental Illness, 2003

日本のIPS援助付き雇用を実践している事例

日本でIPSを実践している組織として有名な事例としては、以下のようなものがあります。

社会医療法人清和会 西川病院(S・IPS)

島根県にある社会医療法人清和会 西川病院には「IPS」に清和会の「S」を加えた「S・IPS(シップス)」という名前のIPS支援チームがあります。

IPSの原則に準拠していて、「働きたい」と希望する人は病気や障害に関係なく利用できます。

訪問看護、精神科デイケアの診療報酬に基づいて提供されており、料金は以下の診療報酬から健康保険や自立保険医療制度で支払われる分を除いた金額が自己負担分となります。

  • 自宅への精神科訪問看護・指導料:580点(5,800円)
  • 精神科デイケアの1日利用:700点(7,000円)
  • 精神科デイケアの半日利用:330点(3,300円)

(参考:S・IPS | 社会医療法人 清和会 西川病院

特定非営利活動法人コミュネット楽創(コンポステラ)

北海道にある特定非営利活動法人コミュネット楽創が運営する就労移行支援事業所コンポステラでは、IPSモデルでパーソナル・リカバリーを応援する支援を提供しています。

職員は合計8名で、精神保健福祉士、社会福祉士、作業療法士、ジョブコーチとIPSに必要な多職種のチームで運営されています。

決まったカリキュラムはなく、一人ひとりの目標や希望に合わせたサポートをしています。

障害者総合支援法に基づく就労移行支援事業のため、障害福祉サービスの「訓練等給付」を用いてIPSを実践しています。

(参考:コンポステラ

IPS援助付き雇用を受けた当事者の体験談

【当事者の声】大学研究室勤務のT.M.さん(日本)

精神障害は中途障害なので、病気になる前にどこまでできていたのかを覚えています。「できる」という感覚が残っているのです。

しかし、支援者に何をリクエストしたら良いかわからない患者さんは多く、「できること」が生かせないでいます。

障害者と社会には、まだまだ壁があります。医療や福祉分野で働く人のなかには「患者さんは家でおとなしくしているべきだ」と考えている人がいるかもしれません。実際に、私は「働いちゃダメだ」と言われ続けてきました。

その一方で、患者さんのバックグラウンドについてよく理解し、福祉や医療の専門知識もあり、雇用などの社会状況にも詳しく、とても有益な支援を行ってくれる人たちもいます。

特に就労支援担当者は、患者さんと社会との橋渡しとなる重要な存在です。時にはIPSの実践が患者さんの重荷になることもありますが、周りの支援者がワンストップで支えることで、その負荷もいつかは喜びに変わるはずです。

働くことは楽しく、自分に自信がつきます。職場でいろいろな人と話し合えば、自然と人間関係ができてきます。仕事の目標を達成したり、賃金を得ることで、やりがいを感じることもできます。私は調べたり新しいことを学ぶのが好きです。事務職の経験を生かして、現在は大学の研究室に勤めていますが、ここで働けることを誇らしく感じています。

(出所:「Q&Aで理解する就労支援IPS」より一部抜粋して引用)

【事例】アルコール依存症で就労を希望する方の支援(海外)

ティムは就労を希望する40代後半の男性です。

彼は毎晩ビールを6缶飲んで朝は11時に起床していました。

ティムは飲酒が健康に悪いことは知っていましたが、やめようとは思っていませんでした。

チームは彼にあった仕事の種類について話し合い、夕方からの仕事がよいだろうと考えました。というのも、夕方になればティムはアルコールが抜けて意識もクリアになるからです。

ティムはこの計画に賛同しました。

就労スペシャリストはティムが夕方からの仕事を探すのを支援し、一方で精神保健治療チームはアルコール依存症の治療への参加に焦点を当てて彼と関わり続けました。

(出所:「IPS援助付き雇用 精神障害者の「仕事がある人生」のサポート」より一部抜粋して引用)

【事例】強い不安症で就労を希望する方の支援(海外)

トムは強い不安症状があっても常に働きたいと思っていました。

トムが最初に就職したのは混雑した食料品店の商品補充の仕事でした。

しかし、人混みの中で働くのが苦痛なのは明らかで、数日働いたのち出勤拒否となりました。

就労スペシャリストは、静かな環境で働ける仕事をトムが見つけられるように支援しようと考えました。

彼らが見つけた次の仕事は、温室での野菜栽培の補助でした。トムは前の職場と比べればこの職場をずっと気に入りましたが、日によって仕事が変わることに難しさを感じていました。

トムは職場で自分が何をすべきか判断するのが苦手で、判断を間違えるくらいなら何もしないでいることが多くなりました。最終的にトムは解雇されました。

就労スペシャリストとトムは振り出しに戻って、静かな環境で、かつ決まった業務をこなす仕事について検討しました。そうこうするうち、トムは夜間に事務所を清掃するアルバイトの仕事を見つけました。その仕事は毎日ほぼ同じ業務の繰り返しで、トムはついに自分にマッチした仕事を見つけました。

(出所:「IPS援助付き雇用 精神障害者の「仕事がある人生」のサポート」より一部抜粋して引用)

IPS援助付き雇用の評価基準「フィデリティ尺度(IPS-25)」とは?

IPSの実践を評価する方法として「フィデリティ尺度」というものがあります。「IPS-25」「IPSフィデリティ」とも呼ばれます。

25項目で就労支援を評価し、125点満点でスコアをつけます。

73点以下の場合、IPS援助付き雇用とは認められないサービスと評価されます。

  • 115〜125点:卓越している
  • 100〜114点:良好である
  • 74〜99点:妥当である
  • 73点以下:IPS援助付き雇用とは認められない

評価基準は大きく「スタッフ配置」「組織」「サービス」の3つに分かれています。

以下の25項目の評価項目があり、それぞれ定められた基準に従い点数をつけていきます。

これにより、IPSの客観的な評価と就労支援の質の継続的な改善が可能です。

スタッフ配置

  • 担当ケースの人数
  • 就労サービススタッフ
  • 職業ジェネラリスト

組織

  • チームの割り当てによる精神保健治療と職業リハビリテーションの統合
  • チームメンバーとの頻繁な接触による精神保健治療と職業リハビリテーションの統合
  • 就労スペシャリストと職業リハビリテーション局カウンセラーとの協働
  • 就労ユニット
  • 就労スーパーバイザーの役割
  • 除外基準なし
  • 一般就労を重視する
  • 経営陣からの援助付き雇用への支援

サービス

  • 就労インセンティブ計画
  • 障害の開示
  • 就労経験に応じて継続的に更新される職業アセスメント
  • 一般就労を目的とした迅速な職探し
  • 個別化された職探し
  • 職場開拓:頻繁な雇用主との面会
  • 職場開拓:雇用主との面会の質
  • 職種の多様性
  • 雇用主の多様性
  • 一般就労
  • 個別化された就労後の継続支援
  • 期限を定めない就労後の継続支援
  • 地域を基盤としたサービス
  • 統合された支援チームによる積極的な関係構築と訪問

日本版個別援助付き雇用フィデリティ尺度とは?

日本では国立精神・神経医療研究センター社会復帰研究部の研究員とIPSを実践する支援機関が共同で「IPS-25」をもとに作成した「日本版個別援助付き雇用フィデリティ尺度」が使われています。

IPS-25と日本版個別援助付き雇用フィデリティ尺度の違い

IPS-25とは以下の3点が異なります。

  • General Organization Index(GOI)という基本的な組織枠組みのチェックリストを作成したこと
  • 精神保健福祉サービスとの連携を日本の制度に合わせたこと
  • 就労支援員の包括的なサービス提供のあり方や迅速な就労サービス提供のあり方、スーパーバイズシステムのあり方の項目等についての採点方法

日本版個別援助付き雇用フィデリティ尺度の使い方

日本版個別援助付き雇用フィデリティ尺度とGeneral Organisation Indexの使い方は以下のJIPSAのWEBサイトにまとめられています。

(参考:日本版個別援助付き雇用フィデリティ尺度 および General Organisation Index – JIPSA

日本版個別援助付き雇用フィデリティ尺度の評価事例(2021年)

JIPSAのWEBサイトに2021年に実施された日本のIPSを実践する17の支援機関の評価結果が公開されています。一例として、社会医療法人清和会の事業所「S・IPS」の評価結果をご紹介します。

(出所:社会医療法人清和会S・IPS – JIPSA

日本のIPSの財源と提供団体

日本の就労支援は、精神科デイケアの集団プログラムや、画一的なステップを踏む支援モデルが主流です。診療報酬や、障害者総合支援法に基づく訓練等給付も、IPS援助付き雇用の考え方では設計されていません。

そのため、IPSに対する明確な財源や制度はありません。

精神科デイケア、「ACT」と中心とした訪問看護、就労継続支援B型事業所、就労継続支援A型事業所、就労移行支援、自立訓練、地域活動支援センター、障害者就業・生活支援センターなどで、既存の制度をうまく活用し予算や人員配置の折り合いをつけながら実践されています。

IPSは科学的な効果は認められているものの、日本での社会実装には課題が多く、まだあまり広まってはいません。

IPSについてよくある5つの疑問

最後に、IPS援助付き雇用を実践する上でよくある5つの疑問をまとめます。

Q1.IPS援助付き雇用は、どんな人が対象になるの?

統合失調症、うつ病、双極性障害、不安障害など、様々な精神障害(精神疾患)をお持ちで、「働きたい」と希望する方が対象です。

入院中の人も、投薬中の人も、お金の管理ができない人も、挨拶ができない人も、関係なく、全ての人が対象になり得ます。

IPSは、疾患の種類や重症度によらず効果があることが分かっています。

Q2.「働きたくない」という人にはどう接するの?

残念ながら、職場や主治医、支援者に自分の希望を諦めさせるよう説得されてきている人も少なくありません。

まずはゆっくりと「働きたくない」と思うようになった背景を聴き、本音で話し合えるような信頼関係を築きます。

希望や夢がなかなか言葉にできなくても、少しでも興味のある分野や活動があれば、その場で求人を探してみたり、職場見学をしてみたりしていきます。

Q3.訓練をしていないと就職しても定着しないのでは?

IPS援助付き雇用は、従来の就労支援よりも2倍以上も一般就労に繋がりやすく、就労期間や収入もIPSの方が上回ることが多くの研究で明らかになっています。

なお、リカバリーと就労に繋げるためには、8つの原則に準拠することが重要です。

Q4.実際どんな仕事に就くの?

障害の有無にかかわらず多様な求人があるのと同様、IPSの就職先は多種多様です。

労働時間は、パートタイムで週に数時間ということもあれば、フルタイムのこともあります。

IT企業の営業事務、企業の経理や人事労務など管理部門の事務、農業、水産業、就労移行支援事業所のピアスタッフ、運送会社でのドライバーのサポート業務、大学の研究室の事務、飲食店の接客やホール、老人ホームの清掃など、さまざまです。

障害者雇用枠として採用されることもあれば、一般の雇用枠のこともあります。

Q5.IPSが目指す「パーソナル・リカバリー」って何?

IPSの枠組みの根底には「リカバリー」を目指す哲学があります。

リカバリーとは、精神障害(精神疾患)の当事者が、自分らしさを追及する過程のことで、以下の3つで構成されます。

  • ソーシャル・リカバリー:住居、就労、教育などの面での社会復帰
  • パーソナル・リカバリー:自分が決めた希望する人生を探求するプロセス
  • クリニカル・リカバリー:治療による症状の臨床的な回復

IPSは就労支援の手法であるため、一見すると「就職がゴール」のように勘違いしがちですが、「本人が望む生き方を探求すること」がゴールであり、終わりはありません。

IPSの背景には「パーソナル・リカバリー」を大切にする考え方があります。

株式会社パパゲーノでは、リカバリーを「自分らしさの自己決定」と定義して、リカバリーの社会実装に寄与することを最も重要な意思決定基準としています。

まとめ:IPSは本人の希望を尊重した個別就労支援

この記事では、IPS援助付き雇用の基礎知識と日本での事例や課題を紹介しました。

まとめると以下の通りです。

  • IPSとは精神障害等の就労支援の方法で、日本語では「個別就労支援プログラム」「IPS援助付き雇用」などと呼ばれる。
  • IPSには8つの原則があり、特に疾患の種類や重さなどで誰も除外せず「働きたい」という人は誰もが対象になることが特徴である。
  • 事前の職業訓練をせずに、働きたいという本人の意志を尊重してまず働いてみる。(Place then Train)
  • 福祉的な作業ではなく利益に貢献する仕事(競争的雇用)で最低賃金以上を稼ぐ。
  • 従来の職業訓練より2倍以上の就職につながる効果が世界中で証明されている。
  • フィデリティ尺度(IPS-25)という、IPSを実践する事業所を評価する項目があり、日本の事業所でも運用されている。
  • 日本の就労支援は、IPSを前提には作られていないため日本での社会実装には課題が多いが、精神科デイケア、訪問看護、就労継続支援B型事業所などで活動の輪が広がりつつある。

IPSの理解と実践が広まることを願っております。

IPS援助付き雇用の8つの原則とは? 【ストレングスモデルとは?】人の強みやサポート資源に着目した支援について解説