精神障害と就労支援で注目されている「IPS援助付き雇用」の8原則をご紹介します。
※本記事では、精神障害をお持ちで就労を目指す方のことを「クライアント」と表現します。医療の立場だと「患者」、福祉の立場だと「利用者」と呼ばれることが多いですが、IPSでは医療と福祉が連携して就労支援をすることが重要で、実践者には医療機関も福祉施設も含むため、「クライアント」と呼ぶことにします。
IPS援助付き雇用とは?
IPSとは「Individual Placement and Support」の略で、精神疾患・精神障害を持つ方1人1人にあった働く機会を提供し支援する方法です。「IPSモデル」「IPS援助付き雇用」とも言われます。
従来の就労支援は「Train then Place(訓練してから働く)」でしたが、IPSモデルは「Place then Train(働きながら訓練する)」という考え方になります。
【IPS援助付き雇用とは?】精神障害の個別就労支援についてわかりやすく解説IPSモデルの8つの原則
IPS援助付き雇用には、科学的に効果が実証されている以下の8つの原則があります。
- 症状の重さなどで就労支援の対象者を限定しない(eligibility based on client choice)
- 好みを尊重する(attention to client preferences)
- 一般就労を目指す(focus on competitive employment)
- 就労支援と精神保健の専門家でチームをつくる(integration of mental health and employment services)
- 生活保護や障害年金などの計画を立てる(work incentives planning)
- 迅速な仕事探し(rapid job search)
- 体系的な職場開拓(systematic job development)
- 継続的な個別就労支援(individualized job supports)
もともとは7つの原則とされていましたが、「体系的な職場開拓(systematic job development)」が加えられて現在は8つの原則となっています。
【1】症状の重さなどで就労支援の対象者を限定しない
IPSは「働きたい」「働くことに興味がある」という本人の選択を最大限尊重します。
学歴、診断名、症状の重さ、入院中かどうかなどでは対象者を限定しません。
従来の就労支援では「働くのが難しい」という固定観念を持たれている以下のような基準で対象を除外することはしないのがIPSの最大の特徴です。
- 学歴
- 診断名
- 症状
- 就労歴
- 入院・入院歴
- 薬物使用・薬物使用歴
- 認知機能障害
- 約束を忘れること
- 身だしなみが整っていないこと
- 犯罪歴
- 職業準備性(生活や職業の訓練をどの程度受けているか?)
本人が働けるかどうかは、主治医にも、支援者にも、家族にも、予測できないことです。
【2】クライアントの好みを尊重する
IPSの仕事探しの特徴はクライアントの好みや希望を最大限尊重することです。「この仕事をしてみたい」「働きたい」と思った時の大切に、希望を実現できるよう伴走します。
仕事を探し、就職することについては、障害のあるなしに本質的には関係ありません。
どうしても、勤務時間がまずは週に数時間など短い時間からの開始になったり、いくつか合理的配慮を企業側に求めることがありますが、それ以外の点については一般的な「転職活動」と似たようなキャリア支援を提供します。
具体的には過去の職務経歴書や履歴書を作成した上で、クライアントの希望や強みを確認していきます。
- 職種
- 職場環境(音がうるさくない、リモート勤務ができる、など)
- 賃金
- 労働時間(週数時間でも働ける、フレックス制度で働ける、など)
- 勤務地(駅から近い、リモート勤務ができる、など)
- 障害の開示の必要性
- 提供してほしいサポート
そして、クライアントの希望を叶えられる求人を探して職場見学や面接を進めていきます。
当然ながら、働くこと以外についても本人の希望や好みは尊重します。
あくまで「パーソナル・リカバリー」に向かうための手段としてIPSや就労支援であり、就職が自己目的化し、就職を押し付ける支援にはならないよう心がける必要があります。
【ストレングスモデルとは?】人の強みやサポート資源に着目した支援について解説【3】一般就労(競争的雇用)を目指す
IPSでは「一般就労(競争的雇用)」を目指します。
具体的には以下のような仕事です。
- パートタイム、フルタイムを問わない
- 地域の企業が提供する一般的な仕事である
- 少なくとも最低賃金を稼ぐことができる
- 同じ仕事をしている他の人と同じ給与や福利厚生を受けている
- 精神科医療機関や就労支援機関によって制限されていない
「競争的雇用」とは、労働市場での労働者同士の競争にさらされ、戦力として内定を勝ち取り雇用されるような仕事を指します。
このような一般就労(競争的雇用)をダイレクトに目指した方が、職業訓練を保護された環境下で積み上げる職業準備性モデルよりも、2倍以上も一般就労に結びつくという研究結果が世界中で報告されています。
【4】就労支援と精神保健の専門家でチームをつくる
IPSを適切に実践し、利用者のパーソナル・リカバリーや就職を実現していくためには、「医療(精神保健の専門家)」と「福祉(就労支援の専門家)」の連携が不可欠です。
例えば、IPSのチームが就労への挑戦を促し職場見学や面接を進めている最中に、通院先の主治医から「働くのは辞めておきなさい」と言われるようなことがあると、誰しも戸惑ってしまいます。日本の医療と福祉の制度では、主治医と福祉施設(就労継続支援・就労移行支援)とが分かれていて、就労に向けた連携ができていないケースが少なくありません。
就労支援の担当者と精神保健の専門家が定期的な打ち合わせや情報共有の機会を設けて、支援計画や問題解決のための方針を審議した上で、クライアント本人が最終決定をできるようにします。主治医もIPSチームと一貫したメッセージを患者に伝えてもらえるようにします。
【5】生活保護や障害年金などの保障計画を立てる
IPSでは生活保護や障害基礎年金、障害厚生年金などの現金給付について個別の状況に合わせて相談に乗り、就職後の制度の利用や受給額の見通しを立てます。
生活保護や障害年金などは「働けないこと」が受給資格の要件になっており、就職を目指すことで受給資格に影響が出たり、給与を稼ぐと減額調整されることがあります。そのため、就職することで受給権や金額が減額されるものを把握して就職するメリットを整理していきます。
生活保護、障害基礎年金、障害厚生年金、雇用保険の基本手当、健康保険の傷病手当金など、それぞれの受給資格について正確に分かりやすく情報提供し、適切な計画を立てていきましょう。
【6】迅速な仕事探し
クライアントが働きたいという意志を表示したら、少なくとも1ヶ月以内には企業との面談機会をセッティングします。必ずしも支援者が面接の調整をする必要はなく、本人がハローワークに行ったり、インターネットで探した求人に応募しても構いません。
クライアントが目指していることや、働ける可能性を本気で信じていることを伝え、迅速な仕事探しを伴走していきます。
なかなか内定をもらえる求人がないという現実的な問題もあり、職探しを諦めてしまうケースも少なくありません。そのため、まずは丁寧に就職前の訓練をしようとしてしまいがちです。ですが、就職前訓練は不要なだけでなく、制度への依存を生むためむしろ有害であるという研究結果も多く報告されています。
【7】体系的な職場開拓
IPSで迅速な職探しをしたり、クライアントの好みを尊重しながら一般就労を目指すためには、「出口」である企業での仕事の選択肢を多く用意しておく必要があります。そのため、経営者・人事担当との関係づくりに時間を投資して、精神障害者の就労に理解があり、短時間雇用や多様な職種の求人を紹介できるようにしていきます。
最近ではインターネットでも多様な求人を探すことができるため、クライアントの希望にあった求人を探せるように、IPSチームも具体的な求人としてどのようなものがあるのかを把握しておくと良いでしょう。
体系的な職場開拓は事業主と接触する機会が多い就労支援担当者の方が仕事の獲得率が高いという研究報告から新たに追加された原則です。IPSの原則は過去に何度か見直しがされていて、元々は7原則でしたが、「体系的な職場開拓」が8つ目の原則として追加されています。
【8】継続的な個別就労支援
IPSの8つ目の原則は「継続的な個別就労支援」です。「継続的」であり、「個別」であるというのがポイントです。
従来の就労支援では、就職したら支援を終了したり、集団へのプログラムで画一的な職業訓練を提供するような支援がされていました。
IPSでは、個別の状況に合わせて、就職後も職場での不安や合理的配慮の企業との調整、通勤方法の調整、主治医との治療方針の調整、退職と再就職の支援などをしていきます。
迅速に職探しをして、まずは一般就労をやってみることを大事にするIPSにとっては、「就職後」の継続した個別の支援がとても大切です。希望や好みが実現できなかったり、仕事をする中で難しさを感じることは少なくないでしょう。就職した後に発生してくる問題の解決力がIPSチームには問われます。
まとめ:IPSは科学的に効果検証された原則に基づく就労支援
この記事では、IPS援助付き雇用の8つの原則をご紹介しました。
それぞれの原則は世界中の研究で効果が検証されているものです。
- 症状の重さなどで就労支援の対象者を限定しない(eligibility based on client choice)
- クライアントの好みを尊重する(attention to client preferences)
- 一般就労を目指す(focus on competitive employment)
- 就労支援と精神保健の専門家でチームをつくる(integration of mental health and employment services)
- 生活保護や障害年金などの保障計画を立てる(work incentives planning)
- 迅速な仕事探し(rapid job search)
- 体系的な職場開拓(systematic job development)
- 継続的な個別就労支援(individualized job supports)
IPSの8つの原則に基づいた実践が日本でも広まることを願っております。
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