北九州の産業医科大学にて開催された「第31回日本産業精神保健学会:AI時代と産業精神保健の新しいパラダイム~産業医学の聖地からの発信~」にて、株式会社パパゲーノ代表取締役の田中康雅がAI時代の産業保健のあり方について講演しました。
- AIの進化が私たちの働き方や産業保健の現場にどのような影響を与えているのでしょうか?
- AI時代の産業の変化に、産業保健はどのように変革していくべきなのでしょうか?
本記事では、講演の記録をもとに障害福祉と産業保健の交差点でAIを活用した就労支援を実践するパパゲーノの視点をご紹介します。
障害福祉と産業保健の交差点で
皆さん、こんにちは。パパゲーノの田中康雅と申します。本日は、AIの進化が産業保健にどのような影響を与えるのかについてお話しさせていただきます。私自身は現在、障害福祉(就労継続支援B型)の分野で活動していますが、以前は産業保健の分野で働いてきました。その経験を基に、AIが産業保健にどのように役立つか、実際の現場での取り組みを交えながらお伝えします。
パパゲーノの取り組みとAI支援の実践
まず、パパゲーノという会社がどのような活動をしているか簡単にご紹介します。私たちは、生成AIを活用し個人の可能性を広げていくことを目指しています。そのために、自社で就労継続支援B型「パパゲーノ Work & Recovery」という福祉施設の許認可を東京で取得し、障がいのある方の様々な挑戦をAIを活用しながら支援しつつ、福祉施設で働く支援者に対してもAIを活用した支援記録アプリ「AI支援さん」を導入することで支援の幅を広げることに貢献しています。
例えば、精神疾患や発達障害により企業で働くことが困難な方がパソコンを使って何かに挑戦したいという希望を持っている場合、現在の福祉施設ではその機会がほとんど提供されていません。パソコンを使った仕事ができる就労継続支援BB型事業所は全国でわずか3%に過ぎないとも言われています。こうした現状を改善するため、最先端のテクノロジーを活用したB型事業所を運営し、「生きていてよかった」と誰もが実感できる社会に近づけられるようにしています。
AIとは何か?産業保健における活用例
AIとは、人間の知能を模倣して学習や問題解決を行う技術です。大量のデータを基にパターンを認識し、最適な提案や答えを導き出すプログラムが主に利用されています。例えば、クレジットカードの不正検知やECサイトのおすすめ機能など、日常生活で既に多くの場面でAIは使われています。
特に注目されているのが「生成AI」です。最近ではOpenAI社が提供する対話型AIの「ChatGPT」が代表的です。ChatGPTは、リリースからわずか5日で100万人のユーザーを獲得し、今や多くの人々が利用しています。
ChatGPTのようなLLM(大規模言語モデル)は、大量のデータを学習し、質問に対して非常に自然な形で回答を生成します。ただし、ChatGPTには限界もあります。時折誤った情報を返すことがあり、これを「ハルシネーション」と呼びます。AIがデータを基に計算して回答を生成するため、完全な理解や感情を持って回答しているわけではないためです。
例えば、固有名詞について答えることは苦手です。なぜならデータが少ないからです。「田中康雅の生い立ちを教えてください」と聞いても、データが少ないため正確に答えることは困難なのは自明のことです。ですが、「岸田首相の生い立ちについて教えて」と聞けば、データがある程度の量はあるため、ある程度の信頼性のある回答が得られます。
AIがもたらす産業保健の合理的配慮の拡張可能性
AIが産業保健にもたらす変革は非常に大きいです。例えば、書類作成やデータ分析といった業務がAIによって効率化されることで、人間はより創造的で価値の高い業務に集中できるようになります。ただしこれは従来の便利なITツールでもできたことです。
AIが抜本的にこれまでの技術革新と異なるのは、知的生産能力が圧倒的に高いということです。とりわけ、合理的配慮の選択肢が広がり、障害のある方が社会資源としてAIを活用し自分らしい生き方を実現しやすくなることが期待されています。
具体的には、業務マニュアルを読み込ませたAIが業務の質問に答えるといった実例があります。これにより、上司がいなくても9割の業務上の疑問・質問にはAIが回答することができ、仕事を前に進めることができます。イレギュラーケースや新しい業務の対応を教えること、他の部署との調整などに上司は集中できます。
社会資源としてAIを活用している事例
- 確認不安が強く何度も質問を繰り返しやすい方がAIで疑問を解消し活躍
- 不動産業界の知識が全くない方が不動産会社向けのメルマガを作成
- 文章読解が苦手な方が企業の書いた記事に改善提案
- 世田谷線の電車広告をデザイン
- プログラミング初学者の方がAI相談アプリを自分で開発
- イラストが得意でない方が画像生成AIを用いてオリジナル絵本を制作
- 好きな音楽を紹介するWEBサイトを制作
- 場面緘黙の漫画を制作しWebサイトで発信
- AIにサポートしてもらいながら自助会を立ち上げて運営
しかし、AIの普及には課題も伴います。例えば、AIが人間の仕事を奪う可能性や、人間のアイデンディティーを喪失する問題、セキュリティに関するリスクが存在します。また、自動運転車が事故にあいそうな時にどこにハンドルの舵を切るべきかといった倫理的な問題にも十分な注意が必要です。(トロッコ問題)
AIと人間が共存する未来へ
今後、AIがさらに進化し、社会のあらゆる分野に浸透していくことが予想されます。しかし、AIに完全に依存するのではなく、人間が主体的にAIを活用し、社会をより良い方向へ導くことが求められています。
産業保健の分野においては、これまで「安全配慮義務」が信仰されてきました。手続き的理性を重視し、労務リスクを最大限減らすことのできる産業保健職が「優秀な人材」とされていたでしょう。しかしAI時代はこの常識が真逆になると思います。これからは「合理的配慮」の時代です。
- 安全配慮義務:人を働かせないようにすることで支援する思想(人権を奪う)
- 合理的配慮:人が働けるように支援する思想(人権を拡張する)
AIを活用して合理的配慮を最大限拡張し、従業員が健康に働ける環境を整備することが重要です。同時に、AIが提供する情報を鵜呑みにせず、人間としての判断力や倫理観を持って行動することが求められます。
産業が変われば、当然に産業保健も変革を求められます。AI時代における産業保健の新たな可能性と課題を考える機会となれば幸いです。
第31回日本産業精神保健学会の概要
- 開催テーマ:AI時代と産業精神保健の新しいパラダイム~産業医学の聖地からの発信~
- 開催方法:現地対面開催・オンデマンド開催
- 会期:2024年8月24日(土) ~ 25日(日) オンデマンド配信:9月1日(日) ~ 9月23日(月)
- 場所:産業医科大学 ラマツィーニホール(〒807-8555福岡県北九州市八幡西区医生ケ丘1-1)
- 参加予定:800名