2023年秋頃からパパゲーノ Work & Recovery(就労継続支援B型)の利用者として在籍し、企業の営業事務、チラシや電車広告のデザイン、eラーニング資料の制作などの業務を担当してきたみあさん。1年間のパパゲーノでの経験を振り返り、就労継続支援B型の価値と生成AIの可能性について議論しました。
名前 | みあさん |
所属 | パパゲーノ Work & Recovery(就労継続支援B型) |
診断名 | 解離性同一性障害・発達障害(ASD) |
希望 | ・Webデザインのスキルを学びたい ・障害のある方など差別や偏見で苦しんでいる方の力になりたい ・周りから「働いていない」「普通じゃない」と言われないようになりたい ・障害福祉系の資格取得にも興味がある |
困りごと | ・不定期的に人格が入れ替わり、認知能力やコミュニケーション能力が変わる(耳が聞こえなくなる、ひらがなしか読めなくなる、得意な作業が変わるなど) ・ストレスで解離した際に気を失うことがある ・暗黙の了解や冗談が理解できない ・聴覚過敏のためノイズキャンセリングイヤホンが必要 |
AI活用法 | ・デザイン案に対するフィードバックをもらう ・ひらがなしか読めない時に、業務の不明点やマニュアルについてAIにひらがなにして教えてもらう ・情報を自分の好みに調整できる百科辞典のような情報処理ツール |
パパゲーノの「フラットさ」に驚いて働き始める
みあさんはパパゲーノ Work & Recovery(就労継続支援B型)で働き始めてから1年くらいになると思うんですけど、最初にパパゲーノを知ったきっかけは何でしたか?
私は昔からパソコンや新しい技術に興味があって新しいスマホやアプリに触れることが大好きで、関連するスキルを学びたいと考えていました。LITALICO仕事ナビというポータルサイトでパソコンを使った仕事ができる就労支援施設を検索して調べたところ、数箇所しか出てきませんでした。
そのうちの1つがパパゲーノ Work & Recoveryでした。電話したところ「明日見学に来ても大丈夫ですよ」と言われて、すぐに見学に行き、その翌月には利用を開始しました。
初めて施設を訪れたときのパパゲーノの印象はどんな感じでした?
それまで通っていた施設との違いに驚きました。
デイケアに通っていて精神科病院の入院も経験しているのですが、以前通っていたところは病院の一部を利用していて、どうしても「保護されている」「お世話をされている」という感覚が強かったんです。でも、パパゲーノは普通の「オフィス」のようで、利用者とスタッフが一緒に食事をしている姿がとても印象的でした。
また、スタッフルームのドアも開放されていて、いつでも気軽に話しかけられる雰囲気がありました。支援者と利用者(障害当事者)のフラットな関係性がとても新鮮でした。
そこから色んなお仕事に挑戦いただきましたよね。具体的に、みあさんに担当いただいたお仕事も教えていただけますか?
最初は、営業事務系のデータ入力業務から始めました。その後すぐにeラーニングのスライド資料をCanvaというデザイン系のソフトで実施する仕事を担当して、数百ページに及ぶスライド資料をコツコツ制作しながらWebデザインの基礎を学んでいきました。
他にも、チラシや電車広告のデザインを担当したり、最近はパパゲーノの公式Instagramアカウントの運用を任されて投稿案を考えてCanvaで画像制作をしたりしています。Webデザインのスキルを実践的に学ぶことができています。
ストレスがかかると解離して人格が入れ替わる障害
みあさんがお仕事をする上で、疾患の症状や特性で困っていることはどんなことがありますか?
私は「解離性同一性障害」と言って、ストレスがかかると解離して人格が入れ替わることがあります。今は30人ほどの人格がいて、パパゲーノのスタッフさんにもそれぞれの人格の名前や特徴を共有しています。
対人恐怖もあり、人の存在に恐怖感を持ってしまうことがあったり、自分の背後に誰かいる気がすることがあったりします。対人恐怖が強い時は在宅勤務にすることもあります。
複数の人格が同一人物の中にコントロールされた状態で交代して現れる精神障害。日々の出来事や重要な個人情報、トラウマになった出来事(外傷的出来事)やストレスになる出来事など、通常なら容易に思い出せるはずの情報を思い出すことができない。小児期に極度のストレスを受けると、自己の経験をまとまりのある1つの自己同一性(人格)に統合できなくなることがあると言われている。かつては「多重人格障害」と呼ばれていた。
パパゲーノで働いている際にも、これまで10人くらいの人格さんが出てきたことがありますよね。
最初に人格が入れ替わった時は、正直、僕も驚いてどんな対応をするのが良いか迷っていたのですが、面談を重ねて少しずつみあさんの理解を深めて、良い環境作りや対応を考えて実践させていただいてます。
解離性同一性障害は精神障害の世界でも知られていないので「うちは無理です」みたいな感じで断られることも多かったんですけど、パパゲーノさんは受け入れてくださって。
仕事中に意識を失って倒れちゃって救急車で運ばれたりとか、迷惑をかけることもあったんですけど、全然嫌な顔をされなかったのでありがたかったです。
パパゲーノの場合は、あんまり疾患の名前とかでカテゴライズして見ていなくて、実際にその人がどういうことやってみたいとか、どういう生き方を望んでいて何に困っているかを見ています。
仕事をしてみた時に得意なこと、苦手なことって疾患の名前とあんまり関連ないことが多いんですよ。実際やってみたら「意外とうまくやってるな」ということもあるし、そうじゃないこともある。
苦手なことは、個別に業務の内容を変えたり、Googleスプレッドシートやパソコンの設定などの作業環境を工夫したり、伝え方を変えたりと環境調整でアプローチしています。
どの人格でもAIを使えば一定の仕事ができるかもしれない
小学生くらいの人格さんが出てきて、漢字や英語がわからず仕事をするのが難しそうになった時に、生成AI(ChatGPT)を使ってうまく業務を遂行していただいてましたよね。
はい。普段からChatGPTを業務で使っているので、AIに頼ればなんとかなるんじゃないかと思って使っていたんだと思います。ChatGPTなどのツールを使えば、人格が入れ替わっても仕事を続ける方法もあることがわかってよかったです。
人格さんによっては周囲の支援者につきっきりになってもらわないといけないこともあったのですが、AIの力を使えばどの人格でも1人で作業を進めて一定の仕事ができるかもしれないと思えたのは大きな自信になりました。
ひらがなしか読めない状態でも、ChatGPTに「小学生でもわかるように教えて」「ひらがなで教えて」と言えば、自分にわかりやすいように教えてくれるのはありがたいですよね。
そうですね。自分と同じような病気の方や、境界知能の方、学習障害の方などもChatGPTを使えば自分の苦手なところを補完して意思疎通しやすくなるかもしれないなと感じました。
自分自身がAIを活用することで自分らしい人生に近づくことができたので、AIを使って障害のある人の可能性が広がることについて、発信したり、研究したりすることに少しでも貢献していきたいなと思っています。
素敵ですね。
ちなみに、みあさんの場合、他の人格さんがやったことのエピソード記憶は主人格にも引き継がれているんですか?
落ち着いている時は人格同士で記憶は共有できていることが多いですが、記憶が曖昧なことや、覚えていないこともあります。例えば、別の人格さんが美容院に行って派手な色に髪を染めていたり、パパゲーノを数日無断でお休みしていたりしたこともありました。
なるほど。パパゲーノとしては、面談で話したことを都度チャットでもメモに残したり、業務の依頼も文章で要件を明示するようにすることで、人格さんが変わっても業務を引き継ぎやすいよう少し意識していました。
例えば、Canvaで資料作成をご依頼する際は、1ページ目に仕事の要件を文章で整理して記載しておくことで、いつでも見返して業務内容をすぐに確認いただけるようにしていました。
実際、その辺りのパパゲーノのスタッフから受けた合理的配慮についての感想も教えていただけますか?
自分のペースで仕事ができるよう配慮していただいたおかげで、とても助かりました。体調に応じて休みながら進めたり、チャットや文章で指示を明確にしていただいて混乱や抜け漏れがなるべく起きにくいようにできていたと思います。
「何かあればすぐ相談できる」という空気を作ってくださって、気軽に相談できたのもありがたかったです。
ChatGPTは全然万能じゃない情報処理ツール
業務でも、自己学習の時間でもChatGPTを上手に活用していたと思うのですが、最初にChatGPTを使った時はどんな印象でしたか?
パパゲーノに来て初めてChatGPTを触った時は「Google検索みたいだな」という印象でした。そこから少しずつ、ChatGPTの仕組みやプロンプトの入れ方を勉強して使いこなしていくようになりました。
「情報を自分の好みに調整できる百科辞典のような情報処理ツール」として使うと良いと思っています。逆に、画像生成AIや音楽生成AIを創作活動に使うことには自分は抵抗があって使っていないです。
業務では具体的にどんな感じでChatGPTを使っていますか?
例えば、マーケティングの施策を考える上で、ペルソナを作成して、どんな困りごとがあって、どんな情報を求めているのか整理するのに使っています。一方で、今担当しているInstagramのコンテンツ制作については「ニッチなテーマ」や「ネットには転がっていない生の声」を扱おうとしていて、多分ChatGPTに聞いても役に立たないだろうなと思ったのでChatGPTはほとんど使っていないです。
あとは、「デザイン添削くん」というGPTsなども時々使っています。チラシなどのデザインをAIに共有すると、第3者の視点から見て客観的に評価して改善案を出してくれます。デザイン4原則に従っているかどうかチェックしたり、より良いデザインにしていくためのアイデアを考える上でとても役に立っています。
ChatGPTの特性をしっかり理解して使うのは大事ですよね。
そうですね。ChatGPTは全然万能じゃないんですよ。「ハルシネーション」と言って嘘をつきます。
ChatGPTの本質は「1番確率の高いものを出す」ということなので、確率の高い答えしかくれないんですね。万能だと過信しないことは大事だと思います。
AIは感情がないから何度聞いても怒らない
パパゲーノ Work & Recoveryでは、チャットツールの中で「仕事相談BOT」にメンションすると業務のマニュアルに基づいてAIが仕事の質問に答えてくれる環境を作っていると思います。仕事相談BOTは使ってみていかがでしたか?
「仕事相談BOT」はすごく良いと思います。
頭では分かってるんだけど「聞いて不安を解消したい」という時もあったりします。聞きたいんだけど、聞くと怒られそうだと思っちゃう時とかもやっぱりあって。人間だと、何度も何度も同じことを聞いてしまうと、相手が怒ってしまうのも理解できます。それを避けるために業務でわからない部分を聞かないでいると、解決もできず、結局より深刻な問題が起きて怒られちゃう。
AIは感情がないので、何回も同じことを聞いても、いつも同じように答えてくれます。それがすごくいいところです。何度も何度も、同じことを聞いても誰も何も怒らない。スタッフさんの時間も、利用者さんの ケアか、やりたいことの応援とか、「AIにできないこと」にコミットできる時間が多くなると思います。
「仕事相談BOT」は、障害とか病気の有無に関わらず、色んな職場やお子さんの勉強とかにも転用できる仕組みだなと感じています。
パパゲーノには不安感を強く感じやすい方も多いので、似たような感想はパパゲーノの他の利用者さんからもよく伺ってます。
僕も新卒の時に上司の顔色を伺ってなかなか仕事が前に進まないこととかはあったので、いつでも聞ける環境が安心できる気持ちはとてもわかります。
AIは今後、先生とかメンターのような存在になっていくと思います。塾とか、学校とか、上司とかの役割として、「知識を教えるだけ」であればAIの方が知識も世界中のノウハウも全部詰まっていて、人間よりミスも少なくて、AIは嫌な顔ひとつせずに答えてくれるのですごいですよね。
でも、対面でやることの大事さも感じてはいます。対面でやると元気をもらえるんですよね。「あ、この人頑張ってるから、自分も頑張ろう」みたいな。だから、「AIにできるから完全になくす」という考え方ではなくて、AIと人間によるサービスがハイブリッドに共存していく感じが良いのかなと思っています。
周囲の人から「感謝された経験」があまりなかった
パパゲーノ Work & Recoveryで1年ほど働いてみて、企業のDX支援の仕事をしたり、AIやITツールについて学んでいく中でどんな変化がありましたか?
1番大きかった変化は「自己効力感」が高まったことです。
自分が「これやりたい」とか、「こういうことを形にしたい」とか、「挑戦したい」と言っていいんだなと思いました。言うと、スタッフさんが一緒に頑張ってくれる。選択肢を提示してくれる。それは「わーお」と思いました。笑
リカバリー(自分らしい生き方の追求)に向けて、使える社会資源を提案したり、実際にやってみる中で困る部分を個別に支援するのが障害福祉サービスなので、当たり前のことなんですけどね。
パパゲーノでは、些細なことでも「ありがとう」と言ってもらえるんです。以前は感謝される経験がほとんどなくて、自分の存在意義みたいなものの実感も薄かったので、その変化はとても嬉しかったです。
障害当事者は、対人関係のトラブルを抱えやすくて、家族や友人からも孤立しがちです。そうなると医療や福祉のスタッフとしか日々話し合う相手はいなくなります。デイケアに通っていた当時、実は「ありがとう」と誰かに言われた経験がないんです。確かに何もしてないのでそうなんですけど。むしろ迷惑かけて「すみません」と謝ることが多い。それが当たり前だと思っていました。
お世話される側、管理される側、与えられる側。「保育園」にいるような感覚で。年齢には不相応な対応を支援者さんにされることも多いので、知らぬ間に自分のように自尊心が傷ついている方はいると思います。福祉の支援者さんに何かをやってみたいとか、言ったことがなかったです。
施設名の「Work & Recovery(他者貢献と自分らしさの追求)にも通じますけど、誰かに貢献して「感謝される経験」は生きる糧になりますよね。仕事を通して、対等に人と関わり合い、貢献し、感謝しあえるのは就労継続支援B型の良いところだなと思います。顧客企業さんや、スタッフから感謝されることも多い。チャットで「ありがとう」のスタンプも毎日押してたりしますよね。
病気の症状を「悪いところ」ではなく「課題」と思えるように
あと、スタッフさんが利用者の障害特性に向き合う姿勢がすごいなと感じていました。
私の場合、病気の症状が「タブー」じゃないですけど、「悪いところ」として捉えられることが多かったのですが、パパゲーノではやりたいことを実現するための「課題」として前向きに考えてもらえました。
「これが課題だから、どうしていこうか?」という形で一緒に考えてもらえるので、自己否定する必要がなくなりました。
「ストレングスモデル」と言うんですけど、「できないこと」ではなく、「できること」「興味があること」「得意なこと」などに目を向けるようにしています。
そして、本人が望む生き方ややりたいことがあって、それをその人が生きる社会環境で実現する上でどんなことに困っているのか(=障害)を見るように意識しています。
「これがあなたの悪いところだよ」と言われる よりも「これが課題になるね」と言われた方が、あまり嫌な感じはしないし、「課題に向けてこういう努力をしてみよう」という前向きな意識にもなるのですごく良かったです。
「ストレングスモデル」が大事と言われる理由って、人間は本能的に「苦手なこと」「ネガティブな情報」に強く反応しちゃう生き物だからだと思うんですよね。原始時代に生命の危機を敏感に察知して避けられるようにするために、不安を強く感じて行動を起こすように人間の遺伝子はプログラムされています。
「プロスペクト理論」とか「損失回避」といって、人は「得をする情報」よりも「損をしない情報」の方が2倍以上も行動を起こしやすいです。なので、YouTubeのサムネイルやSNSは、クリック率を高めるために不安を煽るものばかりになってます。
意識しないと、「この人は過去にこんな問題行動を起こしていたんだ」といったネガティブな情報ばかりに気を取られて、その人の希望や強みを見る視点を忘れてしまうんだと思うんですよね。
個々人の得意な部分を生かし合う視点は、障害福祉に限らず、人材育成・チームマネジメントをする上でも使えそうな考え方ですよね。
そうですね。誰しも得意なこと・苦手なことはある中で、どう協力してWin-Winな関係を作っていくかが大事ですからね。
障害者を排除して「健常者だけの国」になったらどうなるか?
やすまささんと以前、雑談している中で「健常者だけの国」と「障害者だけの国」に国家が分断したらどうなるか?の思考実験をしたのもとても印象深かったです。
すごい発想ですよね。
考えたきっかけは、ネットで障害者に対する心ないコメントを見たことでした。病気や障害のある人は隔離した方が良い、俺たちと関わるなとか。いわゆる優生思想とか、優生保護法はやっぱり必要だったとか。「だったら国家ごと分断したらどうなるんだろう?」と、やすまささんとホワイトボードを使って議論させてもらいました。短期的には健常者だけの国が効率的に反映するかもしれないけれど、長期的には障害のある人たちの国家の方が繁栄する可能性があるという仮説が心に残りました。
日本は教育も、雇用も、障害のある方が分離されている側面がまだ強く残っているとも言われているんですよね。特に雇用に関しては、高度経済成長期に、製造業を中心に成長してきていて、当時は同質性の高い組織の方が強かったという過去の成功体験に縛られている側面はあるのかもしれないです。
一方で、AppleやMeta、Google(Alphabet)などがあるシリコンバレーは、世界中から起業家や多様な人材が集まり挑戦していることで有名です。もし、日本に海外から来た人がどんどん起業する街があったら、イノベーションが生まれそうですよね。
決まったことを効率的に回す上では、同質性が高いチームでやった方が早く進められます。ですが、そこから異なる技術や分野を組み合わせた新しい取り組みは生まれにくいです。得意と苦手、既知と無知の偏りがあって、多様な人が助け合う社会は、変化の激しい今の時代に必要なイノベーションが生まれやすいのではないかと思います。
確かに、障害のある人同士の社会では、お互いの弱みを補い合う文化が自然に育まれると思います。「私はあなたの苦手なところを助ける」「あなたは私の苦手なところを助ける」というギブアンドテイクの関係が成り立つ。だからこそ、得意なことに目がいき、助け合いやすいと思います。
そうですね。少子高齢化で衰退していく狭い市場の中で奪い合うだけだと、中長期的には発展しにくいです。障害のある方も含めて多様な人が活躍できる組織がイノベーションを生み出していけると良いですね。
「やってみたい」「挑戦したい」と思うことすらためらったり、諦めて福祉の人には言えないことが多かったのですが、パパゲーノでスタッフさんに色々と選択肢を示してくださったり、AIなどのツールを使って自分でできることを増やせることを学んだり、人から感謝される喜びを知ることができました。
障害当事者のやってみたいこと、挑戦してみたいことが生成AIを活用した支援によって広まっていくことを願っています。