絵を描くって、難しいよなーといつも思う。学校でちょっとつまらないなと思っている時に落書きしたくても、そもそも何を書けばいいかわからない。左前で描いてる子のイラストを盗み見るとすごい上手で羨ましくてしょうがなかった。私はぞうが好きで、あ、ちょっと急だけどすごい好きで。あの丸くて大きな体で何故だか鼻が異様に長くて、で、とってもゆっくり歩く。ああ可愛い。いつもそのゾウさんを書きたいのに、足が繋がってしまってうまく書けない。未だにゾウは書けないけれど、絵の具を滑らせて思ったままの動きをしてみた絵が今は100作以上ある。
3年以上誰に見せることもなく、押し入れに積まれてたけれど、ふとしたきっかけで、今は友人や知り合いにみてもらうことが多くなった。で、みんなが言ってくれる言葉がある「この絵、好き」。言われるたびに少し変な気持ちになる。
ちょっと曖昧な記憶かもなーと思うけれど、ここのお家から出なきゃいけなくなったから、学校のものとか全部まとめて!中学2年生の5月末に家族みんなで何処かから帰ってきている時に、夏の匂いが濃い部屋だった。テレビは今日、31度になるって教えてくれていて、急いで夏服のスカートにしなきゃと思いながら、ベランダに出た。これまで1階のマンションに住んでたから高い景色は見慣れないなー高いなぁと下を歩く人々を見下ろしていた。ちっちゃな猫もその人たちと一緒に歩いていて、あ、今思うとだいぶ堂々と歩いてたからありゃ太っちょ猫だったのかも。上からだったから小さく可愛く見えた。あの猫ちゃんここから落っこったら、死んじゃうなーなんて考えながらゆったり平和に過ごしてた。
それは本当に突然で、ちょっと今思うと不思議な気分になる。雨の匂いがする6月が少しすぎた日のことで、そういえば逃げた日も雨降ってたなぁと思い出した。あれから2年経って、学校にも色んな支えがあって通えてて、はっきりお金の話は聞こえなかったけど、落ち着いてきたなーと家族の表情と空気を感じでほっとしてた。教室の一番後ろが私の席で、現代文のころっとした先生が教科書を読んでたのかな、よくどこかの本の記事をコピーして渡してくれる先生で結構楽しく授業を受けていた。退屈してしまう授業も多かったけど、珍しく起きてて、その時は、サイパン島についての話だった。兵士たちが日本国万歳と言いながら、崖の上から海に落ちていく。そんな気がする。先生の話を頭の中で景色にして見てみながら、その兵士さんたちの崖から見ていた景色を思い浮かべてみたら、急にいる場所が変わっていた。教室、じゃ、なかった。猫が落っこっちゃうのを昔その時考えてたからなのかな。そこは、少しの間過ごしていた8階のアパートだった。あの、畳の匂いのする、洗濯機がダイニングなのか、リビングなのかに置いてあって、あの小さなテレビが、足元に置いてあって、の、あの部屋。誰もいなくて、急いでベランダに行って下を見たら、誰も歩いていない。車も走っていない。外のうどん屋さんの方まで急いで行ってもどこにも誰もいない。あれ。いない。叫んでみて、必死に声を出しても誰もいなくて。部屋の見えてる景色がなんだか急に迫ってきた。あの、トムクルーズがタイムズスクエアのネオンの中にポツンと一人でいるバニラスカイ的な感じ。この世で本当に一人を体感してる人ってそういないんじゃないかな。芯から怖くて叫びまくってたら、急に体に触れる感覚があって、ふと目を開けたら、大丈夫大丈夫だよって、親友が手を握りながら抱きしめてくれてた。震えながら何故か家族のことを口にしてた気がする。あの部屋に戻ってたからなのかな。温度はその世界にはなかったから、これから先のフラッシュバックの時も、いつもこの人の温かさがこっちの世界に戻してくれた。
しんどさは続きながらも、大学受験が近くにやってきて、早稲田塾というの推薦受験のコースに通ってた。父の影響で建築士になりたくて。そこでは、論文を各授業もあったけど、デッサンの授業があったから、みんなと一緒に模写だったりをしてた。学校と場所が変わっても、しんどさは突然やってきてしんどくてどうしようもなくなって、そっと今の状況を先生に伝えてみた。すんごい強面の先生で、湯婆婆レベルの顔面でいつも縮こまってたけれど、伝えてみたら、ゆっくりしておいでって、すぐに教室の外にいかせてくれて。少し落ち着いてから戻ってきたら、「ねえ、手嶋さんちょっとこっちにおいで。今みたいな状況になったら、何してもいい、絵の具投げるでも、手で広げるでも、筆使わなくていいから、何か絵で描いておいで。あ、絵が描けなかったら、踊ったのを動画とってくるでもいいよ」って。変なこと言うなーと思いながら、でもなんか分からないけどやってみようかな面白いかなと少しワクワクしながらその日は帰った。別の日しんどすぎて、ベットから起き上がった後も洗面所にたどり着けず途中で息絶えて廊下で丸まってた時に、頭の中で、先生の言葉が響いてきた。絵、描いてみようかな。部屋にあった模造紙と絵の具を持って近くの公園まで行って、石ころを四隅に置いて広げてみた。なんで模造紙が家にあったのかは不明だけれど、とりあえず広げてみた。何しよう、どうしよう。いったん絵の具。と手に取ってみたものの、チューブしか持ってきてなかった。とりあえずその辺の石に黄色をつけて投げてみる。思いっきり、投げてみる。そしたら、なんだか、しんどくて頭がふわふわ浮いているようだった体が一緒に投げられたような感覚になった。次は赤色。もう一回投げる。体に痛みが走って、でも、今の感覚に戻されるようだった。無心で投げ続けて何分くらいだろう、1時間くらいかな。ふと気がついたら、しんどさがどこかに行っていて、目の前にはぐじゃぐじゃの砂と絵の具が混ざりまくった大きな絵があった。次の週、その絵をせっせと先生の元に持って行ったら、「これはすごい。傑作だ。また見たい。また描いておいで」と鬼の先生が言ってくれた。なんか、特別扱いしてもらったような特別な才能を持っている気分になって心が昂った。それから絵を描いてはみせ、描いてはみせを続けるようになった。
絵に出会えてから、ぐっと世界が広がった。すごくいい感じ!そのまま!と思って、書き始めてみたけれど、実際はうまく書けなかった。初めての絵を描いてみて1週間後、数学の授業中やっぱりしんどくて、苦しくて、何か書けないかなと思ってノートのはじに持ってたマジックペンで思いっきり黒く丸を塗りつぶしてみた。そしたら、すごくスッキリして、でもまだもやもやが残っていたから自分に向けて針を刺す気持ちでその黒い丸の周りに細かい線を書いていた。尖っているものが苦手だから、なんだか絵の中で自分を傷つけられているようなきがして、書き終わった時まで息を止めてたのかなってくらい苦しかったけど、これまで感じたことがないくらいしっくりくる絵に出会えた。
ここからの絵との出会い。大学生になってからももちろん、絵だけじゃ頼りにならないことも沢山ある。絵の具をぶちまけて、岡本太郎か?って自分にツッコミを入れながら、スッキリしたはずなのに、次の日の朝には、またもうしんどさの中に戻ってて、絵を描く力も残ってない時もあった。それでも、周りの人に手を取ってもらってどうにか吐き出しながら描いてこれた。