ChatGPTなどのAI(LLM)は「81.8%」の支援者が使っていないことも明らかに。
生成AIを活用した就労支援事業やAI支援記録アプリ「AI支援さん」の開発を行う株式会社パパゲーノ(代表取締役:田中康雅、住所:東京都杉並区)のパパゲーノAI福祉研究所は、全国の就労継続支援B型事業所で働く支援者400名を対象に実施した「就労継続支援B型事業所におけるIT活用の実態調査」の結果を発表いたしました。
本調査は、福祉業界におけるデジタル技術の活用状況や課題、働く支援者(スタッフ)の満足度(eNPS:Employee Net Promoter Score)の実態を把握し、今後の支援現場のあり方を見直すために実施されました。
目次
- 調査の背景:福祉業界は最もDXが進んでいない
- 調査結果の要点
- 調査の計画と回答者の属性データ
- 49%はPC利用の生産活動を実施
- 70.5%はほぼ毎日仕事でPCを利用
- 支援記録は18.8%が紙、36.5%がオフィスソフトを利用
- 40%が勤怠を紙に手書きして集計
- 46.5%が利用者への工賃支払いが「現金手渡し」
- 34%がチャットツールを導入していない
- ITスキル研修は78.8%が実施していない
- ChatGPTなどのAI(LLM)は81.8%が使っていない
- ITツール/AIを活用している効果の実感
- ITツールを用いて解決したい課題 ※一部抜粋
- eNPS(福祉施設で働く支援者の満足度)
- eNPS(9〜10の推奨者の理由)※一部抜粋
- eNPS(1〜3の批判者の理由)※一部抜粋
- eNPSに対する統計解析の結果と考察
- 生成AIと障害者支援の実践知をまとめた書籍を出版予定
調査の背景:福祉業界は最もDXが進んでいない
総務省の調査では、産業別に見たDXの取り組み状況としては全ての業界の中で「医療・福祉」業界は最もDXが遅れていることがわかっています。一方で、障害福祉施設の人手不足は深刻です。中央福祉人材センターによると、2024年1月の福祉全般の有効求人倍率は「4.31倍」でした。2023年4月の正規職員の有効求人倍率は、一般企業等が「1.32倍」なのに対して、福祉全般は「4.50倍」、障害福祉は「6.56倍」と他業界と比較して必要な人員が足りていない状況が伺えます。
また、2017年に日本財団が実施した「就労支援B型事業所に対するアンケート調査」によると、障害のある方の仕事(生産活動)としてパソコンを使った仕事をしている就労継続支援B型事業所は「2.9%」と非常に少ないことが報告されています。
そこで、デジタル技術の活用が遅れている障害福祉業界のうち「就労継続支援B型事業所」で働く従業員(支援者)を対象に、IT活用の実態とeNPS(従業員満足度)に関する現状の課題を明らかにすることを目的に調査を実施しました。
調査結果の要点
- 就労継続支援B型とは、全国に約1.5万事業所ある障害福祉施設です。障害により企業での就労が難しい方が支援を受けながら就労する施設です。
- 40%が勤怠を紙で集計、46.5%は工賃が現金手渡しと紙・現金を中心とした運用が依然として多いようでした。
- 70.5%はほぼ毎日仕事でパソコンを利用しており、ITインフラはあるが紙・現金を中心とした運用が残り続けています。
- 支援記録は18.8%が紙、36.5%がオフィスソフトを利用しています。
- DXが進まない背景として、障害のある方に電子署名を認めていない等の独自ルールを持つ自治体が少なくないため、オフィスソフトや業務管理システム(SaaS等)を導入していても紙との二重管理体制にならざるを得ない業界の構造的要因が考えられます。
- ITスキル研修は78.8%が実施しておらず、支援現場の人材のITスキル向上も求められている可能性が示唆されました。
- ChatGPTなどのAI(LLM)は81.8%が使っていないこともわかりました。
- 就労継続支援B型事業所で支援者として働く方のeNPSは「-22.75」で批判者の方が多い結果でした。
調査の計画と回答者の属性データ
- 【調査名】就労継続支援B型事業所におけるIT活用の実態調査
- 【回答募集期間】2024年7月16日〜2024年8月11日
- 【アンケート方法】Googleフォームを用いたオンラインでのアンケート項目への回答
- 【告知方法】メルマガ配信、FAX配信、郵送DM配信、SNS等
- 【回答者のインセンティブ】回答者のうち先着100名に対してAmazonギフト券500円を提供
- 【回答者数】400名
なお、「オンラインでの調査」のため回答者が比較的若い年齢で、福祉業界での勤続年数も短い方が中心であり、ITリテラシーがある程度高い層に回答の偏りがあると考えられる点にはデータを読み解く上で注意が必要です。
49%はPC利用の生産活動を実施
就労継続支援B型の利用者が実施する仕事(生産活動)として、パソコンを使った作業をしている事業所は49%でした。日本財団の2017年の調査結果である「2.9%」と比較すると、パソコンを使った生産活動を実施する就労継続支援B型事業所が増えてきていることがわかりました。
70.5%はほぼ毎日仕事でPCを利用
福祉施設で働く支援者の「70.5%」はほぼ毎日仕事でPCを利用していました。逆に言うと約3割はパソコンを使用していないということになります。事業所によっては社用パソコンがそもそもない、WiFiが使えない、ということも少なくありません。
支援記録は18.8%が紙、36.5%がオフィスソフトを利用
面談などの支援記録は「18.8%」が紙媒体で、「36.5%」はWord、ExcelやGoogleスプレッドシートなどのオフィスソフトを利用していました。支援記録の専用ソフトも多くの民間企業が提供していますが、自治体ごとの独自ルールが多く活用しにくいのが現状です。障害のある方の電子署名を認めていない自治体も多く、紙で記録をとったり、オフィスソフトで作成した支援計画を印刷して紙媒体で手書きのサインをもらい紙保管をせざるを得ない状況にある事業所が多いことが伺えます。
具体例として、東京都杉並区では、障害者が電子的な方法でサインすることは「本人であることを証明できない」という理由で認められていません。厚生労働省に問い合わせると「自治体に判断を委ねている」という方針で、自治体ごとに障害福祉サービスの書類の電子署名や電子保管への見解がバラバラとなっています。
40%が勤怠を紙に手書きして集計
多くの自治体がサービス提供実績記録表という通所の実績をまとめた書類に本人の手書きサインをもらうルールにしており、電子化を認めていません。そのため、40%が勤怠を紙に手書きして集計しています。毎月管理者が紙の記録からExcelに転記作業をしているケースが多いです。
46.5%が利用者への工賃支払いが「現金手渡し」
利用者に支払われる工賃は、46.5%が現金手渡しです。
34%がチャットツールを導入していない
社内のコミュニケーションにSlack、ChatWork、LINE WORKSなどを使うことが企業では増えてきていますが、福祉業界ではチャットツールを導入していない事業所が「34%」となっています。
パパゲーノ Work & RecoveryではDiscordというチャットツールを活用して、利用者さんとも、スタッフ同士も円滑にコミュニケーションをとっています。そのため、OpenAIのAPIでDiscordと連携し、DiscordにAIチャットボットを作ることも容易にできます。ですが、チャットツールをそもそも導入しておらず、電話やFAX、紙のメモでの情報伝達を中心にしている事業所だとAIを使い始める上でも大きな障壁となります。
ITスキル研修は78.8%が実施していない
78.8%の事業所はITスキルに関するスタッフ向けの研修を実施していません。IT活用、DXやリスキリングについて注目は集まっているものの、支援現場で働く人にITを学ぶ機会が依然として多くないのが現状です。
ChatGPTなどのAI(LLM)は81.8%が使っていない
ChatGPTなどのAIを使っている人は「ほぼ毎日使っている」が5.8%、「週に数回は使っている」が12%という結果でした。支援現場にはまだAIの活用が浸透していないのが現状です。
ITツール/AIを活用している効果の実感
ITツール/AIを活用している効果の実感について【業務効率が向上している】【コミュニケーションが円滑になっている】【利用者への支援の質が向上している】の3つの視点で10段階評価を回収した結果、下記のグラフのような結果でした。
ITツールを用いて解決したい課題 ※一部抜粋
- ITに対する知識、経験が少ない従業員が多いため、基礎的なところから始めなくてはならない。
- パソコンは苦手なので紙の媒体で良い。
- それ以前にITツールを使える人材が非常に少ない。
- 行政への提出書類などの効率化を図りたい
- 紙での記録からデータでの記録に変えて他部者にも情報共有が円滑にできるようにしたい
- 他事業所とのやり取りにおいて、FaxやTELだけでなくもっとITツール(チャットツール、Spir等)を使って効率化していきたい。
- 利用者さんの情報はひとつなのに、記載するシートがバラバラだから、情報の統合を「人」がやっている。ここに非効率さを感じる。
- Wi-Fiすらないので便利になるものがあるなら入れて欲しいとは思ってます
- 非常に作業量の多い、工賃実績や生産活動の収支報告が簡単に作成できるようにしたい。
- スマートフォンを活用した適宜にして簡易な記録システムを構築する
- 業務効率化 在庫管理 勤怠管理 経理業務
- 業務時間短縮、事務作業の効率化
- 困難事例への対処をAIに質問して参考にしたい。
- ノウビーは請求に特化はしておりますが、そこにプラスして現場の作業や支援の中で時間効率化が行えるようなシステムを探しております。
eNPS(福祉施設で働く支援者の満足度)
就労継続支援B型事業所で働く支援者(スタッフ)のeNPSは「-22.75」でした。推奨者、中立者、批判者の割合は下記の表のとおりです。批判者の割合が400名のうち177名と44.25%で最も多い結果となりました。
eNPS(9〜10の推奨者の理由)※一部抜粋
- 人間関係良好、残業等無し、不満無し
- 利用者さんに感謝される
- 労働環境が民主的
- 休みが多い
- 働きやすいし休みも多い
- とても待遇が良く職場環境が明るいため
- 最高の事業所だから
- 楽しく働いてもらえる環境と信じている
- スタッフがみんな優しい、自分は障害を持っているが、配慮してくれる
- 地域で一番利用者様の事を考えている事業所だと思っているから
- 人間関係が円滑である
- 和気藹々としていい事業所だから
- 働きやすい環境だから
- やりがいがあり、スキルアップ向上につながるから
- 最新のテクノロジーを活用したB型事業所だから
- アナログな方法が多いが、日々業務改善に取り組み、働きやすい環境を目指して取り組みを進めているため
- 美味しいチョコレートを試食できる
- おいしいパンの作り方を習得できる
- コーヒー好きにはたまらない職場です
- 土いじりをすると心もリフレッシュされる
- 女性が好きな仕事の種類が多い
eNPS(1〜3の批判者の理由)※一部抜粋
- 社長の気分で事業内容が代わり、支援者と支援対象者が振り回される形になっているため
- 経営者と従業員の理解に乖離がある
- 劣悪な賃金・ワンマン零細
- 精神的に辛い / 精神的にハードだから
- 会議が多すぎる
- 給料が安い
- やることに対しての賃金が低すぎる
- 雇用契約内容と実務が大幅に違う
- 自分が働いている事業所を知人に教えることに若干抵抗がある
- 知り合いと一緒に働きたくない
- 人数が少なくギリギリの経営をしている
- IT化が進んでいない
- 体制が整っていない
- 方針が沿わない
- 組織としてリスクマネジメントが出来ていない
eNPSに対する統計解析の結果と考察
t検定の結果、通所時間の記録(勤怠記録)をツールを用いて管理している事業所、工賃を銀行振込で支払っている事業所、直近1年以内にITスキル・ITリテラシーの向上に関する取り組みを行っている事業所、チャットツールを使用している事業所において、eNPSが統計的に有意に高いことが示されました。
相関分析の結果、「ITの導入による業務効率の向上」は「年齢」と負の相関を持つことが示されました(r = -0.102, p < 0.05)。また、「ITによるコミュニケーションの向上」も「年齢」と負の相関を示しました(r = -0.142, p < 0.01)。さらに、「ITの導入による支援の質の向上」についても「年齢」と負の相関が認められました(r = -0.115, p < 0.05)。さらに、「ITによるコミュニケーションの向上」と福祉施設での勤続年数には負の相関が見られました(r = -0.106, p < 0.05)。
重回帰分析の結果、「ITの導入による業務効率の向上」と「ITによるコミュニケーションの向上」は、eNPSの約20%を説明していることが示されました(R² = 0.211, Adjusted R² = 0.205)。回帰式は以下の通りです。
eNPS = 4.028 + 0.168 × 「ITの導入による業務効率の向上」 + 0.261 × 「ITによるコミュニケーションの向上」
本研究の結果より、ITを活用した業務効率化が福祉施設の従業員の満足度を高めている可能性が示唆されました。一方で、AIツール(ChatGPTなどのLLM)に関しては統計的に有意な結果が得られなかったため、AIを効果的に活用できていない従業員が多い可能性があります。これからの課題として、AIツールの有効活用に向けた研修や導入支援が必要であると考えられます。
また、年齢が高い従業員ほど、ITによる業務効率化やコミュニケーションの向上を実感していない傾向が見られました。これは、ITに対する抵抗感や不慣れさが要因と考えられます。年齢の高い従業員への研修等が有効かもしれません。ITリテラシー向上に取り組んでいる事業所の従業員のeNPSが高いことからも、ITに関する研修への投資が従業員の満足度向上に寄与していく可能性が示唆されます。
生成AIと障害者支援の実践知をまとめた書籍を出版予定
今回の調査では、障害福祉業界のIT/AIの活用の現状を分析しました。自治体の独自ルールや支援現場のITインフラ・教育不足によりDXが進んでいないのが実情です。
一方で、精神疾患や発達障害のある方にとって、生成AIを社会資源として活用することが個人の可能性を大幅に広げることを実感しています。2023年9月、私たちは東京で就労継続支援B型事業所「パパゲーノ Work & Recovery」を開所しました。AIの力によって新しい可能性が生まれる瞬間を数多く目の当たりにしました。例えば、「平仮名しか読めない」ことが理由で仕事が困難な方がいました。そのような場面でも、生成AIを活用し業務マニュアルを全て平仮名に変換した上で、AIに質問しながら進めることで円滑に働けるようになった事例があります。
このような生成AIを活用した障害者支援の新しい形を広めていくために、2025年3月に書籍の出版を予定しております。(仮題:ソーシャルワーク4.0 生成AIと障害者支援の新しい形)
書籍の出版に際して、2024年10月19日から11月24日まで、50万円を目標にクラウドファンディングに挑戦中です。応援よろしくお願いいたします。
本調査、および、クラウドファンディング・書籍出版プロジェクトについて取材をご希望の方は「info@papageno.co.jp」までメールでお問い合わせください。
【お問い合わせ先】
株式会社パパゲーノ
広報担当:田中
メールアドレス:info@papageno.co.jp
【株式会社パパゲーノ】
「生きててよかった」と誰もが実感できる社会を目指して、精神障害に関するリカバリー(自分らしい生き方の追求)を広める神奈川県立保健福祉大学発ベンチャー。企業のDX支援、精神障害のある方の就労支援、アートプロジェクト「100 Papageno Story(ワンハンドレッド・パパゲーノ・ストーリー)」を運営。2023年9月に就労継続支援B型「パパゲーノ Work & Recovery」を開所。2024年3月にAI支援記録アプリ「AI支援さん」をリリース。