「働くこと=良いこと」とは限らない
この言葉を聞いて皆さんはどう思いますか?
「働くこと=良いこと」「働くことは普通で、働かないのは普通じゃない」という考えを持っている方も少なくないかもしれません。
東京都立松沢病院という日本一大きな精神科病院で精神科看護師として働く佐藤しんこさんと、生成AIを活用し精神障害・発達障害のある方が働く「パパゲーノ Work & Recovery」を運営するパパゲーノ代表やすまさで、「働くこととリカバリー」について語り合いました。
今の福祉は「労働者育成」が目的になっていないか?
最近はデイケアの予算が福祉(就労支援)に回されているように感じていて、精神障害のある方をとにかく「就労」させることを是とする風潮に疑問があります。
国の「人手不足を解消し納税者を増やしたい」「社会保障が維持できない」という意図はわかりますが、あまりにも労働者にならない生き方への偏見が強いことが、余計に障害のある方の自律を遠ざけているような違和感があります。
確かにそうですね。
就労継続支援B型も「とにかく平均工賃を増やす」ということが単視眼的に求められているという批判は良く聞きます。
働かない選択って世間的にまだまだネガティブなイメージがありますし、「生活保護を受給する」「働かずに生きる」「障害者手帳を取得する」と決めること自体にも大きな葛藤があると伺います。
多様な生き方がもっと尊重される社会になってほしいと思います。
障害当事者の中には、「生活保護を活用して生きていく」と決めた瞬間からリカバリーが始まったという方もいるんですよね。
本人が望む生き方に向けた支援ではなく、「画一的な価値基準を押し付ける支援」になりがちな側面はありますよね。
就労支援の世界だと「職業準備性ピラミッド」という働ける度合いを評価する基準があって、週5日フルタイムで出社して無遅刻無欠席で、挨拶できて、身だしなみも整えて、言われたことをしっかりできる人を育てるのが就労支援とされていたりします。
もう少し個別にその人の望む生き方、強みが生きる選択肢を提案しやってみる支援ができると良いですよね。
そうですね。
精神科病院からの退院が近づくと支援者から「作業所に行ってください」「訪問看護を利用しましょう」「地活にとりあえず繋ぎましょう」といった提案がされることが多いです。
その際に、もっと本人が望む生き方に向けて良い選択肢を促せたら良いですよね。
大切なのは「当事者の声を尊重すること」に加えて、「支援者側が多様な選択肢を高い解像度で理解し提案できること」だと思います。
自分らしく生きるという目的に対して、今は技術革新のおかげで色んな生き方の選択肢(手段)があります。
働くにしても、週5日フルタイムで出社するだけが選択肢ではありません。「テレワーク」や「時短勤務」、「障害年金+業務委託で働く」、「生活保護+就労継続支援B型で働く」など多様な選択肢があります。
当然ながら、就労支援サービスを使うための受給者証についてや、業務委託で働くための税務署への開業届の出し方、確定申告のやり方、仕事の探し方などを知らなければ、社会に選択肢はあってもそれを提案し伴走支援することは難しいです。
働くことの本質は「他者に貢献し、感謝されること」
「働くことがリカバリーにつながる」とよく言われますよね。
パパゲーノさんの就労継続支援B型事業所も「Work & Recovery」という名前がついています。
やすまささんは「働く(Work)」ってどんなものだと捉えてますか??
僕は、「他者に貢献し感謝されること」が仕事の本質だと思ってます。
「仕事=お金を稼ぐ」と思われがちですが、それは本質ではないなと。
「他者貢献と自分らしさの追求」を利用者さんもスタッフも大事にできる場を作りたいと思い、「パパゲーノ Work & Recovery」という名前をつけています。
なるほど。
お金を稼ぐ以外の「仕事」って具体的にどんなものですか?
例えば、友達とご飯に行って何気ない話をしたり相談に乗ったりすると感謝されると思います。
ボランティア活動とかもありますし、コンビニで100円のコーヒーを買うこともコンビニの店員さんの雇用を生み出しているという意味では他者に貢献する営みかもしれません。
人や社会との関わりの中で役割を持ったり、貢献して感謝されることを広く捉えているんですね。
そうですね。
これまで入院していて、「支援される側」として人に迷惑をかけている存在だと感じてしまう方も少なくありません。
それが就労継続支援B型だと、仕事を通して誰かに少しでも貢献することが明確にできるのは大きいのかなと思います。
社会資源としてAIを活用すれば、環境調整の選択肢は大きく広がる
パパゲーノでは、ITの力で精神障害・発達障害のある方が活躍できるようにどんな工夫をされているんですか?
例えば、業務のマニュアルに関する質問をチャットでAIが答えてくれる仕組みを作っています。
人に聞くのが苦手な方でも、AIが相手だと気軽に質問できるんです。
実際に利用者さんからも「人に聞くのは苦手だけど、わからないことをすぐAIに質問して解決できる環境なのでスムーズに仕事できる」とフィードバックいただいてます。
それはすごいですね!
対人のコミュニケーションスキルが苦手な方への対処として、従来の福祉やデイケアだと「SST(ソーシャル・スキル・トレーニング)」で対人技能を鍛えようとなると思います。
AIの活用で、環境面にアプローチすることで耳が聞こえない方や緘黙で悩んでいる方などにとっても可能性が広がりそうです。
そうですね。SSTももちろん大事だとは思いますし、僕たちも毎月実施しています。
ただし、SSTだけだと社会モデル的な支援ではなく医学モデル的な支援なんですよね。
障害を個人の問題として捉えて、本人に足りない能力を身につけさせるよりは、社会モデル的に「障害はその人が生きる周囲の社会環境にある」と考えて挑戦できる環境調整に尽力するようにしています。
チャットツールやAIに聞ける環境があるだけで助かる人は多そうです。
実際に利用者さんからも以下のような嬉しいコメントをいただいてます。
仕事上の質問や疑問は人間に対しては「何度も質問していると迷惑じゃないのか?」や同僚との人間関係といった問題で聞きづらい環境というのはどうしても出てきます。
それがBOTによって気軽に聞ける環境があり解決しているのが素晴らしいと思いました、回答もしっかりしていて作業の教え方が聞く相手によって変わるといったトラブルが起きにくそうなのも良いと感じました。
自分の能力不足や対人関係に長年苦しんだ私としては「そういった欠陥をツールで補えるのではないか?」といった可能性を見せてくれただけでも来てよかったなと思いますし、私以外にも悩んでいる方がいたら一度パパゲーノでの体験をお勧めしてみたいなと思えました。
労働が減って、主体的な活動にあふれた社会へ
パパゲーノを創業してから、2023年9月に就労継続支援B型「パパゲーノ Work & Recovery」を作られて、AI支援さんも開発したり、書籍も出版予定だったり色々されていると思います。
やすまささんの野望ってどんな感じなんですか?笑
野望ですか笑
僕自身は社会をより良い方向へ導く「ソーシャルアクション」を、自分にできる範囲で挑戦していきたいと思っています。
直近では、東京近辺で就労継続支援B型「パパゲーノ Work & Recovery」の施設を増やしていくことと、AI支援さんの導入事業所を増やしていくこと。
「リカバリーの社会実装」に向けて、書籍を出版したり、全国124施設を運営する上場企業の経営に携わったりしています。
それが現在進行形で挑戦していることです。
もう少し長期的な「理想的な社会」のあり方はどう考えてますか?
そうですね〜。
あくまで個人的な考えですけど、理想の社会は「労働が限りなく減っている社会」です。
主体的に挑戦する活動が増えて、人から強いられて仕方なくやることが減っている状態が良いなと思います。
だからベーシックインカムとかは興味があります。
「労働」が限りなく減っている社会ですか。
ハンナ・アーレントが人の行動は「労働」「仕事」「活動」の3つに分けられると言っています。
「労働」は生命を維持するための肉体活動。(農業など)
「仕事」は何か物を作ること。(橋をつくるなど)
「活動」は他者との共同行為、言葉を用いたコミュニケーション。
労働というのは「生きるために必要だからするもの」で、自由を損ない、受動的で、本当はやりたくないけど我慢してやるというイメージが今の日本でも根強いのではないかと思います。
そうではなくて、何かを作ったり、人に貢献したり、人と関わることを主体的に楽しめると良いなと。
確かに今は、「食べていくために時間や労力を差し出している状態」がほとんどに思えます。
技術の発展で労働が減って、時間や気持ちの「余白」ができたら、より多くの人が「自分らしく生きられる社会」になるんですかね?
そうですね。
「本来やりたいこと」や「人間らしいこと」がもっとできるようになると思います。
「人間らしいこと」ですか?
例えば、僕の場合は隔週で登山に行っています。
自然の中を歩き、日光を浴び、すれ違う人と挨拶をする。
これってすごく人間らしい行動だと思いますし、こういった時間をもっと増やしたいです。
なるほど。
空いた時間で多様な形で他者と関わり合うイメージですね。
エッセンシャルワーカーこそ、AIを使いこなすことが求められている!
既に労働が減っていく兆候はホワイトワーカーの世界だと見られてきていますよね。
特に生成AIは知的労働の多くを代替したり、2〜3倍という次元ではなく10倍、100倍という次元で生産性を高めてくれていると思います。
その点でいうと、私は看護師なので絶対に現場に出る必要があります。
法律で患者さんに対して看護師をどれぐらい配置するか決められていて、患者さんに対して人間の手でなければできない仕事が多いです。
対人援助職、エッセンシャルワーカーはなかなかAIの恩恵は受けにくいんですかね?
確かに、看護や対人援助職、現場仕事ではテクノロジーの活用が遅れています。
医療・福祉はDXが最も遅れている業界と総務省の調査でも報告されています。
でも、エッセンシャルワーカーこそ新しい技術を「目の前の困っている人に対して限られた資源で価値を届けるために何をどう活用できるか?」の視点を持つことが求められているなと感じています。
社会資源の1つとして、ITツールやAIを活用できると支援の幅が一気に広げられます。
そうですねぇ。
なかなか決裁者の理解がなくて「まずは電子カルテから」という病院も多いのが実情なのですが。笑
東日本大震災までは、紙カルテ中心でしたもんね。
でも、精神科医療の電子カルテの「クラウド化」も国の補助金が出ていて、データを蓄積し医療の効果を計測し改善していく方向に変わっていくとは思います。
あとは、専門職がアイデンティティを手放せるかも課題になりそうです。
なかなか機械を頼れず、自分でやりたいと。
支援現場で「目の前の人を助けることにこだわれる人」が、しっかり新しい技術を活用してラストワンマイルの支援を届ていくことが大切になってくると思います。
社会資源として「AIも使えるエッセンシャルワーカー」が求められていると思いますし、自分も実践していきたいと思います!