「リカバリー」という言葉を聞いたことはありますか?単に「回復」を意味するものではなく、精神障害のある方が自分らしさを追求する過程を「リカバリー」と呼びます。「自分らしい人生の回復」とも言い換えられます。
この記事では、リカバリーの定義や起源、歴史的背景とリカバリーを実現する支援の方法を解説します。
精神障害とリカバリーとは?
「リカバリー」とは、精神障害のある方が自分らしく望む生き方を実現していくプロセスのことです。新たな人生の意味や目的を見出して充実した人生を生きていく、一人ひとりのプロセスを指す概念です。
リカバリーの起源
「リカバリー」は1980年代後半のアメリカで起きた精神科医療の脱施設化の流れの中で、パターナリズム(父権主義)的な医療福祉サービスへの対抗として精神障害を経験した人たちが自ら声を上げて生まれました。
当時の精神医療は、症状や機能の改善を目的とした「医学的な治療」が中心で、当事者の主体性や希望や意味づけなどは無視されていました。また、長期間入院させられたり、地域社会にも根強いスティグマ(偏見)があったりと、地域で主体的に生きづらい社会環境でした。
これに対して、精神障害のある方たちが自分らしく生きることを求めて、「コンシューマー運動」や「セルフヘルプ活動」と呼ばれる活動を始めていきました。
現在では、「リカバリー」は精神障害のある方を支援する基礎的な考え方として世界的に広まっています。
リカバリーの定義
リカバリーには多様な定義があります。著名な研究者が提唱している定義には以下のようなものがあります。
精神疾患の当事者が、たとえ精神症状や障害が続いていたとしても、新たな人生の意味や目的を見出して充実した人生を生きていく一人ひとりのプロセス。
心の傷から癒えることではなく、心の傷を通して成長すること。
リカバリーには希望や自己決定、自己責任、経験の意味づけなどが重要である。
自分自身で自分の問題に対処する能力を高めること。
リカバリーには自己効力感や自己管理技術、サポートネットワークなどが必要である。
精神疾患の当事者が社会的に受容されるようになり、社会的役割や責任を果たすようになること。
リカバリーには社会的資源や機会、雇用や教育などが必要である。
リカバリーの構成要素
リカバリーの構成要素についてもさまざまな考え方があります。代表的なものとして、WRAPを開発したメアリーによる調査結果、Leamyによる「CHIMEフレームワーク+D」、「SAMHSAの10指針」をご紹介します。
リカバリーしていた人の共通点
自分らしい生き方を考えるツール「WRAP」を開発したメアリーによる120名にインタビュー調査をもとにリカバリーしている人の特徴をまとめたものは以下の5つです。WRAPではこれらが「リカバリーのキーコンセプト」と呼ばれています。
- 希望がある
- 自分の言動に責任をもてる(他者のせいにしない)
- 自分は成長できる・学ぶことができると知っている
- 自分が必要としていること・大切なことは伝えてもいいと思っている
- サポートしたり、してもらったりしている
LeamyによるCHIMEフレームワーク+D
- 他者とのつながり(Connectedness)
- 将来への希望と楽観(Hope and optimism about future)
- アイデンティティ・自分らしさ(Identity)
- 生活の意義・人生の意味(Meaning in life)
- エンパワメント(Empowerment)
- 生活のしづらさ・生きづらさへの対応(Difficulties)
SAMHSAの10指針
- 当事者主導
- 多様な生き方
- 生活全般
- 仲間の支え
- 関係性
- 文化
- トラウマへの対処
- 長所と責任
- 敬意
- 希望
リカバリーの3つの分類
リカバリーは、「パーソナル・リカバリー」「社会的リカバリー」「臨床的リカバリー」の3つに分類できると言われています。明確に境目があるわけではありませんが、それぞれが連動し総合的なリカバリーに向かっていきます。
「臨床的リカバリー」と「パーソナル・リカバリー」には低度から中程度の相関があり、「社会的リカバリー」と「パーソナル・リカバリー」には低度の相関があると報告されています。
パーソナル・リカバリー(個人的リカバリー)
パーソナル・リカバリーとは「自分らしさの回復」です。当事者自身が決めた希望する人生の到達を目指します。
ソーシャル・リカバリー(社会的リカバリー)
ソーシャル・リカバリーとは「社会的な回復」です。希望する住居、仕事、コミュニティで生きていくことを目指します。
クリニカル・リカバリー(臨床的リカバリー)
クリニカル・リカバリーとは「症状の回復」です。病気自体の改善を目指します。医学的な治療が中心となります。
精神障害のある方の「リカバリー」の具体例
実際に精神障害のある方が「リカバリー」として希望することの例は以下の通りです。正解・不正解はなく、変化することもあります。
- 自分の人生を自分で決められること
- 変化を楽しむこと
- 恋愛して結婚をすること
- 自分の道を自分の足で歩くこと
- 小さな幸せを感じて生きていくこと
- 今の生活を維持すること
- 未来に向かって進んでいくこと
- 自分を取り戻すこと
- なんでもいつでもやれること
パパゲーノではリカバリーに関する当事者の語りを紹介しています。
リカバリーとリハビリテーションの違いとは?
リカバリーと似た言葉に「リハビリテーション」という考え方があります。これは、主に身体の機能障害に対して「マイナス」を「ゼロ」に戻す考え方が強いです。リカバリーは、マイナスをゼロに戻す作業ではなく、新しい自分を探求し続ける姿勢に重きを置く点が特徴です。
(※明確に定義があるわけではなく、視点として何を重視するかが異なります)
精神障害のある方のリカバリーを支援する方法
リカバリーの主役は常に本人で、支援者が決めるものではありません。
その上で、リカバリーを支援する方法をいくつかご紹介します。
リカバリー志向型の支援
精神障害のある方のリカバリーを支援するために、まずはリカバリー志向の支援を実践する方針を言葉にして、チームで共有することが重要です。
当事者の希望や目標に沿って、個別に必要な支援を計画し、支援を提供します。精神科デイケア、訪問看護、地域生活支援センター、就労継続支援B型、就労継続支援A型、就労移行支援など多様な医療福祉サービスの現場でリカバリー志向型の支援が広まっていくことが期待されています。
アンソニーの8つの仮説
アンソニーは、リカバリーに焦点を当てた支援のあり方として以下の8つの仮説を提唱しています。
- リカバリーは専門家の介入がなくても起きる
- リカバリーに共通する要素はリカバリーを必要とする人を信じ、その傍にいる人の存在である
- リカバリーという視点は、精神疾患の原因に関するある理論に固有の働きではない
- リカバリーは症状が再発した時でさえ起こりうる
- リカバリーは症状の頻度と持続時間を変える
- リカバリーは直線的な過程ではなく、成長と後退、急激な変化の時期とほとんど変化したい時期がある
- 疾患の結果から生じた状態からのリカバリーは疾患そのものの回復よりも、時に遥かに困難である
- 精神疾患からのリカバリーはある人が「本当は精神疾患でなかった」ということを意味するものではない
WRAP(元気回復行動プラン)
WRAP(ラップ)とは「Wellness Recovery Action Plan」の略で、リカバリーを促進するツールです。日本語では「元気回復行動プラン」と呼ばれます。双極性障害により躁状態に悩み入退院を繰り返していたメアリー・エレン・コープランドさんによって作られました。WRAPでは以下の6つのプランを作成します。
- 日常生活管理プラン
- 引き金に対応するプラン
- 注意サインに対応するプラン
- 調子が悪くなっている時のプラン
- クライシスプラン
- クライシスを脱した時のプラン
WRAPの詳細は以下の記事で解説しています。
【WRAP(元気回復行動プラン)とは?】リカバリーに役立つツールについて解説!リカバリーカレッジ
リカバリーカレッジとは「共同創造(コ・プロダクション)」をコンセプトに、当事者や家族・支援者が一緒に学ぶコミュニティです。 例えば、精神障害やリカバリーに関する知識やスキル、自己管理法やストレスコーピングなどについて教え合い、学び合います。
リカバリーカレッジはイギリスで始まり、日本でも全国各地に活動が広がってきています。
リカバリーカレッジたちかわ体験レポート リカバリーカレッジの魅力とは?【かけるん×やすまさ】IPS援助付き雇用(個別就労支援)
リカバリーを支援する方法の1つに「IPS」があります。IPSとは「Individual Placement and Support」の略で「IPSモデル」とも言われます。
本人の「働きたい」という意志を最大限尊重し、個別に支援する就労支援の方法です。従来の就労支援は「Train then Place(訓練してから働く)」でしたが、IPSモデルは「Place then Train(働きながら訓練する)」という考え方で、実践的に働いてリカバリーすることを目指します。
パパゲーノが運営する「パパゲーノ Work & Recovery」の名前には、IPSの基本理念を大切に「Work(他者に貢献し感謝される)」と「Recovery(自分らしさの追求)」を両立したい想いが込められています。
リカバリーストーリー/ナラティブ
「リカバリーストーリー」「リカバリーナラティブ」とは、当事者が自分の精神障害からの回復過程を語ることです。
例えば、自分の経験や感情や思考を文章や絵や音楽などで表現したり、他の人に話したり聞いたりします。SNSが普及したことで最近ではブログやnote、Twitter、TikTokやYouTubeなどを使って情報発信し、人と繋がることもできます。
当事者が自分の経験を見つめ直し、意味や価値を見出し、他者との関わり合いの中で自分の境遇を見つめ直すことで自己理解や自分らしい人生を取り戻す自信をつけていくことが重要です。
パパゲーノでは、精神障害やメンタルヘルスの困難を経験した方の「語り」を題材に絵本、音楽、絵画、漫画等を共同創造するアートプロジェクト「100 Papageno Story」を運営しています。
リカバリーを計測する尺度
リカバリーを計測する尺度は世界中で研究されておりいくつか種類があります。代表的な日本語版の尺度を3つここではご紹介します。
リカバリーに終わりや正解はありませんが、あくまで参考の1つとして、設問を読むとリカバリーがどんなものなのかイメージする一助となるかと思います。
日本語版Recovery Assessment Scale (RAS)
日本語版Recovery Assessment Scale (RAS)は24の設問を5段階で「まったくそう思わない(1)」から「とてもそう思う(5)」で回答する尺度です。自分自身や自分の人生についてどのように感じているかを評価し、自己記述で本人が回答します。
- 生きがいがある
- 不安があっても、自分のしたい生き方ができる
- 自分の人生で起きることは、自分で何とかできる
- 自分のことが好きだ
- 人々が自分のことをよく知ったら、好ましく思ってくれるだろう
- 自分がどんな人間になりたいかという考えがある
- 自分の将来に希望を持っている
- いつも好奇心がある
- ストレスに対処することができる
- 成功したいという強い願望がある
- 元気でいたり、元気になったりするための、自分なりの計画がある
- 到達したい人生の目標がある
- 現在の自分の目標を達成できると信じている
- 手助けを求めた方がよいのがどのような時か、知っている
- 手助けを求めてもかまわないと思う
- 必要な時には、手助けを求める
- たとえ自分で自分のことを気にかけていなくても、他の人は私を気にかけてくれる
- 何か良いことが、いつかは起きるだろう
- 頼りにできる人がいる
- たとえ自分のことを信じていない時でも、他の人が信じてくれる
- さまざまな友達を持つことは、大切なことだ
- 精神の病気に対処することは、いまでは私の暮らしで最重要なことではない
- 症状が私の生活の妨げとなることは、だんだん少なくなっている
- 私の症状が問題となる時間の長さは、毎回短くなっているようだ
日本語版Recovery Assessment Scale (RAS) (Chiba et al., 2010; Corrigan et al.,2004)
日本語版 7 項目版 Recovery Attitudes Questionnaire (RAQ)
日本語版 7 項目版 Recovery Attitudes Questionnaire (RAQ)は以下の7問の設問です。
- リカバリーの過程にある人は、時には後戻りすることもある
- リカバリーには信念が必要である
- 精神の病気についての偏見は、リカバリーの進行を遅らせることがある
- たとえ精神の病気の症状があったとしても、リカバリーは起こり得る
- 精神の病気の原因を何であると考えていたとしても、リカバリーは可能である
- 重い精神の病気を持つ人は誰でも、リカバリーするために励むことができる
- 精神の病気からのリカバリーのしかたは、人によって異なる
日本語版 Questionnaire about the Process of Recovery(QPR-J)
日本語版リカバリープロセス尺度(QPR-J)は、特に7日間の状態を思い深べて自己記述で回答します。
- 自分自身のことを以前よりも良く思える
- 人生で思い切って何かをやってみようと思える
- 周りの人とプラスになる人間関係を築くことができる
- 社会とのつながりがないというよりも社会の一員だと 感じている
- 自分の意見をちゃんと伝えることができる
- 自分の人生には意味があると感じている
- これまでの経験で成長することができた
- これまで自分に起きたことを受け入れて、 前に進めるようになった
- もっと元気になりたいと強く思っている
- 自分がしたよいことを思い返すことができる
- 自分自身のことを以前よりも理解することが できるようになった
- 自分の生活に責任を持つことができる
- 支援機関(就労支援施設・相談支援機関など)を 利用することができる
- 精神科での治療のメリット・デメリットを比べて 選ぶことができる
- 自分の経験を通して、以前よりも思いやりのある 人間になったと感じる
- 似たような経験をした人たちと会うと気持ちが楽になる
- 私の「リカバリー」体験は元気になることに対する 周りの人のイメージを変える一助となった
- 自分のつらかった経験の意味を見出すことができる
- 前向きに人生に取り組むことができる
- 専門職(医師・看護師・心理士・精神保健福祉士など)の 見方が、物事の考え方のすべてではないと思う
- 自分の様々な生活場面を自分でコントロールできる
- 楽しいことをする時間をつくることができる
(Kanehara et al. 2017; Neil et al. 2009)
まとめ:1人1人のリカバリーを応援する
「リカバリー」は精神障害のある方が自分らしい人生を生きるための過程や活動のことです。当事者自身が歩むものであり、ソーシャルワーカーや医師などの支援者はその旅路を伴走し応援する存在です。
リカバリーを支援するためには、当事者の「主体性」や「希望」を尊重し、信頼関係や協力関係を築くことが大切です。
日本の精神科医療や障害福祉にもリカバリーが広まっていくことを願っています。
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